太郎友の会。
<冒頭文企画連動SS>
それは太郎の一言から始まった。
「たまにはテニス以外のことでもするか」
氷帝の音楽準備室のサイドテーブルに寄りそうように立って、優雅に紅茶を淹れていた長太郎がゆっくりと頷く。
「それも良いですね。監督。」
だが、太郎は軽く眉を寄せ。
「ここでは全員が平等な『太郎』同士。監督と呼ぶのは止めなさい。」
低い声でそう忠告する。
「あ。す、すみません。」
慌てて謝る長太郎。
そう。
「太郎友の会」規則其の一にはこうある。全ての「太郎」は「太郎」の名の下に「太郎」として平等である。
だからこそ、全ての「太郎」が互いに互いを心から尊重しあうことができるのだ。
「太郎友の会」設立の精神はまさにそこにあった。
世界は不平等に満ちている。
それを打破するには、「太郎」がまず団結しなくてはならない。
日本を代表する名である「太郎」こそが、世界の不平等を打破する大いなる鍵である。
「太郎友の会」の規約には高らかにそう歌い上げられている。「で、何をやりましょう?」
真面目に訊ねる健太郎に、太郎は穏やかな視線を向けた。
「今こそ……『一郎友の会』と『ジロウ友の会』を我らが支配下に収め、関東に分散する『三郎未満』の勢力を統一するべき時だと思うのだが。どう思う?」
「統一?!面白い!」
剣太郎が叫ぶ。
「中学テニス界・太郎友の会」関東支部の例会では、関東一円の「太郎」が集結し、テニスの腕を競い合ったり、お茶を飲みつつ交流を深めたりする。
もちろん、平和的な組織である。
だがただのほほんとしているだけではなかった。「ジロウ友の会」は決して負けたくはないライバルであったし、「一郎友の会」は油断のできぬ好敵手である。また、沖縄の木手永四郎率いる「全国☆三郎以上友の会」は、「太郎」「一郎」など「三郎未満」のキャラの打倒とゴーヤの全国普及を虎視眈々と狙っていると言う。「太郎友の会」にはいつでもどこか張りつめた空気が漂っていた。
まずは関東の「三郎未満」の統一だ。
関東地方の「太郎友の会」を束ねる者として、常々太郎はそう考えていた。
「一郎友の会」には大石秀一郎、真田弦一郎、金田一郎というそうそうたる一郎たちがいる。
「ジロウ友の会」には越前南次郎、芥川慈郎、佐伯虎次郎というこちらもそうそうたるジロウたちがいる。
いつかは彼らと雌雄を決せねばならない。そして彼らを率いて「全国☆三郎以上友の会」と戦う日に備えなくてはならない。
実際のところ、それが「太郎友の会」メンバー全員の偽らざる本音であったし、おそらくは「一郎友の会」「ジロウ友の会」の面々も同様に思っているにちがいない。
そして今日。
「太郎友の会」関東支部の面々は、戦略会議を開催することとした。湯気の立つ四つのティーカップ。
そっと各人の前に紅茶を並べつつ。
「テニスで戦いますか?」
冷静に訊ねる長太郎に、太郎は首を横に振る。
「『ジロウ友の会』には越前南次郎がいる。テニスで戦うのは得策ではないだろうな。」
確かにそれはそうだろう。
健太郎は深く頷いた。
越前南次郎はかつてサムライと呼ばれ、世界中のテニス大会を席巻した男。
最盛期の勢いはないだろうが、今でもそうとうな腕前だと聞く。何しろ、青学の越前リョーマが一回も勝たせてもらっていないというのだから。
健太郎は、越前リョーマと亜久津仁の試合をふと思い出す。
あれを上回る試合、か。俺にはムリだな。
自分を卑下するつもりは毛頭ない。むしろ実力を分析し、判断できる能力は誇るべきものだと思っている。だから健太郎はテニスで勝ち目がないという事実に対しては全く悔しいとは思わなかった。
っていうか、リョーマも仁も「郎」の字すら付かないんだから、実際少し気の毒なくらいだ。
心優しい健太郎はむしろ越前と亜久津に同情さえ寄せて、そっとティーカップを手に取った。「さて……?」
優雅に「太郎」たちを見回す太郎。
剣太郎が勢いよく挙手をする。
「地味さで勝負したらどうですか?!うちには健太郎さんがいるから!」
健太郎と剣太郎は、発音すれば同じ音になる。
だが、剣太郎はそのようなことを全く気にする様子もなく、普通に健太郎を「健太郎さん」と呼び慕う。健太郎にもそれがどこか嬉しかった。
けれど。
「……地味さで勝負って。」
剣太郎の提案に、健太郎は咽せそうになる。
「なるほど。」
大まじめに頷いている長太郎には悪意の欠片も見えない。たぶん、長太郎にとっては「地味」は悪口でも何でもなく、「温和」とか「堅実」とかと同じようなの褒め言葉に聞こえているのだろう。
健太郎はそう信じるコトにした。
「確かに健太郎さんの地味さは素晴らしいです。」
かたり、とティーカップをソーサーに置いて、長太郎が目を伏せる。
「ですが……『一郎友の会』には大石さんと金田くんがいるんですよ……。」
長太郎の言葉に、一同は沈黙する。
氷帝の音楽準備室は、一瞬、しん、と静まりかえり。
「……そうだな。あの二人相手ではさすがの俺も……。」
低い健太郎の声を聞いて、太郎が穏やかに微笑んだ。
「あいにく、私も長太郎も剣太郎も地味キャラではないから、戦力にならない。地味さで戦うのはやめた方が良さそうだな。」
事実はどうあれ、釈然としない何かが心の奥でもごもごしたが。
それでも健太郎は思った。
これで良かったんだ、と。
きっとこれがベストの選択だったんだ、と。「ではいっそ熱血対決という方向で戦ってみては?」
長太郎が剣太郎に視線を向けつつ提案する。
「なるほど!ボクが主戦力になるわけですね!!面白い!!」
やる気満々の剣太郎。
確かに彼の熱血パワーはきらきらとしていて、力強い。
しかも本人がやる気満々なら、それに越したことはない。
これはこれでいい手かもしれないな、と、健太郎は考えて。
そして、ふと、思い出す。
「……『一郎友の会』の金田くんは……?」
そういえば。
試合中にパートナーをつとめる先輩に対して「ばか澤コノヤロウ」と叫んだ少年が熱血系でないはずがない。
「『ジロウ友の会』の慈郎先輩も起きているときは少し熱血系ですね。」
小首をかしげながら付け加える長太郎。
確かに不二周助との対決時などは、芥川の盛り上がり方は熱血系と呼んでも良いモノであったかもしれない。あるいは単に大はしゃぎしているだけだったのかもしれないのだが。
ふむ、と一瞬迷った様子を見せてから、太郎が言った。
「芥川はともかく、金田くんと剣太郎なら良い試合になるだろうが、今回は見送るとしよう。」
戦うからには決して負けてはならない。
特に「一郎友の会」に負けることは許されない。
それが「太郎友の会」のさだめ。
一同は自分たちに課せられたさだめの重さに思いを馳せ、我知らず背筋を伸ばす。「長太郎くんの爽やかさは武器にならないかな?」
今度は健太郎が提案する番で。
三人の視線が一斉に長太郎に集まった。
少し照れた様子で、長太郎は笑う。
「爽やかさ、ですか?」
その一言ですら爽やかさに満ちていて。
一同は心の中で、これは行けるかもしれない、と一瞬思いもしたが。
「『一郎友の会』の大石さんと『ジロウ友の会』の佐伯さんの爽やかさには、俺は到底敵いませんよ。」
長太郎本人がいたく爽やかに敗北宣言をするので。
「……大石か。確かにあいつ地味に爽やかだよな。」
「サエさんは爽やかすぎて、もう詐欺の世界だ!面白い!」
健太郎と剣太郎もそれに賛同した。
氷帝のグラウンドからは少年たちの部活の声。
今日はどこのクラブが活動しているのだろうか。
陽射し降り注ぐ窓辺にくつろぎながら、太郎が微笑んだ。
「手強いな。『一郎』たちも『ジロウ』たちも。」
太郎の言葉に、少年たちは視線で応えた。
これでこそ好敵手。戦い甲斐があるってものです。
そう語る「太郎」たちの力強い目に、太郎は心から満足した。さすがは我が仲間たち。「太郎」と名付けられた勇敢なる少年たちだ。
「いってよし!」
満足そうな太郎の唐突な一言に、健太郎と剣太郎はちょっと動揺したが、長太郎が一向に驚いた様子を見せないので、こういうモノかな、と勝手に納得し、二人も動揺しないでいることにした。「では。」
ゆったりと言葉を選ぶ太郎。
「私の『ダンディズム』で戦うコトにするか。」
余裕の笑みを見せて。
「なるほど。」
長太郎が感心したように声を上げる。
「オトナの魅力だ!面白い!」
きらきらと嬉しそうに跳ねる剣太郎。
確かに太郎のダンディズムは中学テニス界において抜群の存在感を示している。
ゆらり、と揺れるのは、冷めかけた紅茶から立ち上る微かな湯気。
「……ですが。」
健太郎が躊躇いがちに口を開く。
「『一郎友の会』には真田弦一郎が居ます。」
下唇をかんで、太郎が沈黙する。
ダンディズム。
そうだ。「一郎友の会」には真田弦一郎(15)がいる。
榊太郎(43)のライバルとなりかねない実力の持ち主。
負けることはないだろう、と太郎は考えた。
まだ負けはしない。だが、「太郎友の会」としては圧倒的な実力差で「一郎友の会」を下さなくてはならない。そうでなくては覇権への足がかりにはならない。そうでなくては「全国☆三郎以上友の会」を相手に戦うコトなどできはしない。だが圧倒的な差を付けるためには真田弦一郎は手強すぎる相手だ。
「『ジロウ友の会』には越前南次郎さんもいますし。」
長太郎の言葉に、ふぅっと太郎は息を吐く。
確かにそうだ。
越前南次郎もダンディズムと言えば、ダンディズム。
ただの変なオヤジではないことくらい、火を見るより明らかであって。
「なるほど。私もまだまだ甘いようだ。」
穏やかにティーカップに手を伸ばし。
「いってよし!」
太郎は目を細めて小さく呟いた。心地よい夕風が吹きはじめる。
「太郎友の会」関東支部の戦略会議は、優雅にかつ地味に、そして爽やかに、しかも熱血したままに終了した。
戦いを急ぐ必要はない。
そこに「太郎」の名がある限り、彼らは「太郎」でありつづけるのだから。
四人の「太郎」たちは自らの名に誇りを持つコトを確認し合い、静かに音楽準備室を後にする。
「来月は素直にテニスをするか。」
鍵を閉めつつ呟かれた太郎の言葉に、深く深く頷きながら。
☆☆15万ヒット記念☆ぷち企画☆☆
<今回のいただき冒頭文>
それは太郎の一言から始まった。
「たまにはテニス以外のことでもするか」
どうもありがとうございました!
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