スイッチ!〜立海篇。
<冒頭文企画連動SS>
澄み渡った青空の下、何故だか不二と幸村が薄ら寒い笑みで向かい合い、乾と柳が延々とデータ論議を繰り返し、手塚と真田は「何故俺達はここにいるんだろう」とぼんやりと空を見上げていた。
そんな大会帰りの夕暮れ時。全国大会会場から駅までは、徒歩でおよそ7分。迷うほど複雑な道でもなく、雑踏と呼べるほどの人混みでもない。
ならばなぜ。
大石は首をかしげた。
ならばなぜ、こんな盛大にはぐれたのだろう?
人の往来の絶えない駅前広場で、大石は周囲を見回す。
さっきまで、少なくとも海堂と英二は一緒にいたはずなんだけど……?
確実に同行していた二人まで行方不明。
普通に駅に向かっていて、いったい、どうしたらこんなに見事にはぐれられるものなのか。
気が付けば大石の隣に立海のジャッカル桑原が呆然と立ちつくしている。
「……いくらなんでもはぐれすぎだろ……?」
つぶやくような彼のツッコミが全てを物語っているようだった。
ジャッカルも大石の存在に気付き。
二人は目を見合わせて、小さく溜息をついた。夕方とはいえ、まだ空は明るい。今日は一日素晴らしいテニス日和で。
「手塚よ。青学の他の部員たちはどうした?」
ふと真田が訊ねる。
全国大会の会場出口では、スタッフが案内板を片づけていた。
「うむ。」
手塚はゆっくりと周囲を見回して。
「いないようだな。」
落ち着いてそう宣言する。
「部員がいないなら、ケーキを食べれば良いじゃない?と言ったのは確かマリーアントワネットだったね。」
横から口を挟む幸村に。
「いないなら、鳴かせてみよう、テニス部員って言ったのは豊臣秀吉だったかな。」
おっとりと微笑んで不二が応じる。「桃城が買い食いしていて行方不明になっている確率、78%。」
「ふ。甘いな。貞治。丸井が買い食いしている確率は89%だ。」
「ふむ。ならば、越前がファンタを飲んでいる確率、92%。」
「赤也が試合後にまだみそ汁を飲んでいない確率、96%。」
「それなら……今、大石が溜息をついている確率、98%!」
「現在、ジャッカルが途方に暮れている確率、99%。」乾と柳の会話に、手塚と真田は眉を寄せた。
とりあえず、大石とジャッカルが困っているのはいけない。
二人を捜しに行かなくてはなるまい。
「部員がいないなら……探しにいけば良い。」
「うむ。いないなら、探しに行こう、テニス部員、ということか。」
二人は深く頷き合い、それぞれ思い思いの方向に歩き出した。「……あれ?真田まではぐれちゃった。」
のんびりと幸村が微笑む。
「手塚ってばどこに行く気だろう?」
にこにことつぶやく不二。
真夏の夕暮れどき。
風は温く吹き抜けてゆく。
「あれ?真田?」
試合会場に戻ってみた真田の背後から、穏やかな声が聞こえて。
「何だ?……河村、か。」
振り返れば青学の河村が困ったような笑みを浮かべて立っていた。
「ねぇ、青学のみんなを見なかった?」
「……はぐれたのか?」
「うん。駅のそばまで行ったんだけど、不二と手塚と乾がいないコトに気付いて、戻ってきたら何だかはぐれちゃったみたいなんだ。」
「その三人なら、会場出口の横にいた。」
真田の言葉に、河村は礼を言って頭を掻く。そして。
「そういえば、立海のみんなは?」
おずおずと問いかける河村に。
「……たるんどる!」
まっすぐな感慨を告げる真田。
「ご、ごめん!」
何がたるんどるのかよく分からなかったが、一歩後ずさって河村はとりあえず謝罪した。
「謝るな!そもそも……たるんどる!」
河村を怯えさせるつもりはなかった。真田も慌ててフォローしたが、そのフォローはいまいち通じなかったらしく。
「え、あ、う、ごめん。」
河村はさらに謝罪の言葉を重ねて、また焦る。
「えっと、その、あの。」
「もう良い!たまらん謝罪だ!」
立海のメンバーになら、言わんとするコトはきちんと通じるのだが。どうも河村には通じないらしい。真田はキッと強い視線を河村に向ける。
「ご、ごめ……」
「もう黙れ!」
真田の声に河村がびくりと身をすくめた。そこへ。
「タカさん、どうしたんすか?」
ひょこっと桃城が顔を覗かせた。
「ちぃっす。」
帽子を目深にかぶり直しながら、越前も姿を見せる。
「タカさん?」
端からは、真田が河村を叱っているように見えたのだろうか?桃城が狼狽えて凍り付いている河村をかばうように立って。
「……桃城。一つ聞く。」
真田が低く声をかける。
「何すか?」
いささか挑発的につっけんどんに問い返す桃城。しかし真田は気にする様子もなく、言葉を続けた。
「……お前は、買い食いしていたのか?」
「……そうっすけど、それが何か?」
「越前。では、お前の飲んでいるそれは、ふぁんた、というモノか?」
「……そうっすけど、それが何か?」
桃城と越前の答えに、真田は小さく笑った。
「さすがだな。乾貞治。蓮二のライバルを名乗るだけのことはある。」
「……何すか?一体?」
唐突な真田のコメントに、越前と桃城はびっくりして顔を見合わせる。
真田は渋い笑みを浮かべて、一人満足げに頷いた。
「手塚くんではありませんか?」
背後できらりとメガネが光る。
「……うむ。」
大会会場の裏口を見に行った手塚の元に、現れた一人の男。手塚はしげしげと彼を見つめ。
「……柳生、もしくは仁王、だな。」
真顔で呼びかけた。
「私は柳生ですよ。手塚くん。」
丁寧に名乗りつつ、メガネをずりあげて、自称柳生は言葉を継ぐ。
「切原くんがトイレに行ったまま帰ってこないので、捜しに来たのですが……どこかで行き違いになったみたいですね。」
裏口横にあるトイレには、すでに人の気配はない。
「うむ。そうか。油断せずに行こう。」
手塚の言葉に自称柳生がメガネを光らせる。
「油断……ですか?ワタシが油断したと?それとも、ワタシが油断ならないとでも?」
困惑した様子で訊ねる自称柳生に、手塚は。
「うむ。」
と頷いた。別に切原と行き違いになったコトを油断だと言っているのではない。まして、自称柳生が怪しいとか、自称柳生が油断できない相手だとか、そういう意味ではないのだ。ただ、油断せずに行こうと思っただけで。
だが、手塚の真意は通じなかったらしい。
自称柳生はゆっくりとメガネを外して、不敵に微笑んだ。
「さすがは手塚。正体を見抜くとは……!そう。わしは仁王。よくぞ見破ったもんじゃ!」
手塚は驚いた様子もなく、真顔で自称仁王をまじまじと見据え。
「仁王、もしくは柳生。」
確認するように口の中で小さく呟いて。
「油断せずに行こう。」
一人納得したように頷いた。
「……まさか……まだわしを疑っておるのか……?」
自称仁王が低く呻く。
真夏の夕風に、木々が揺れる。
「疑われたら……疑われるに見合った怪しさを演出するのが詐欺師……!待っておれ!手塚!」
自称仁王は悔しそうにそう吐き捨てるとトイレに駆け込んで。
ぴったり3分後に駆け戻ってきた。
「手塚サン、あんた、潰すよ?」
目の前に現れたのはどう見ても切原で。
「……うむ。」
手塚は淡々と頷いて。
「試合が終わった後、みそ汁は飲んだか?」
真顔で訊ねる。
「……みそ汁……?飲んでるわけないっすよ?」
怪訝そうな切原の言葉に、手塚は深く頷いた。
「うむ。さすがは柳だ。油断せずに行こう。」
西の空が鮮やかなオレンジに染まってゆく。そこへ。
「仁王くん、何を遊んでいるんですか?」
メガネが光った。
「仁王先輩ってば、また俺のかっこして!ってか、何すか。そのもじゃもじゃした髪!」
メガネの後ろで切原がじたばたと文句を言う。
そして。
「手塚サン……。」
手塚の存在に気付き、切原は眉を寄せて。
「……うむ。」
二人の「切原」を見比べて、手塚は何かを悟ったように深く頷いた。
「油断せずに行こう。」
「タカさん!」
大会会場を出たところで、河村は不二の嬉しそうな声に気付く。
「良かった!心配したんだよ!」
駆け寄ってくる不二に、河村はほっと相好を崩し。
「ごめん。」
謝りながら微笑んだ。
不二の隣には乾、菊丸、海堂、そして大石が居て。
「こっちこそごめん。先に駅まで行っちゃったんだ。」
「あ、俺こそ、途中で勝手に引き返しちゃって。」
心底済まなそうに謝る大石に、河村は照れたように俯いた。
河村の隣には桃城と越前、そして真田が居て。
「真田……?」
目をぱちくりさせる大石。
「……たまらん再会だな。」
真田は目を細める。
夜の気配が東の空からだんだんと広がってくる。
「そ、そうかな?」
おっかなびっくり大石は相槌を打って。
「あ、そうだ!真田!ジャッカルが探していたよ?」
「赤也!」
叱責するような声に振り返れば、幸村が少し怒ったような表情で立っていた。
幸村たちは待ちかねて、わざわざ裏口まで様子を見に来たのだ。
「あ。部長。すみません。」
慌てて幸村の元へと駆け寄る切原。
「全く。来るの遅いよ。柳生も仁王も。」
表情はやや険しかったが、声音はもう怒っていなくて。切原はほっと胸をなで下ろす。
幸村の背後に立つ柳が穏やかに口を開く。
「心配したぞ?」
丸井がぷぅっと風船ガムをふくらませてから、真顔で付け足した。
「ジャッカルがな!」
「俺がかよ!ってか、俺以外、心配してなかったのかよ!」
一生懸命なジャッカルのツッコミを聞きながら、切原は先輩たちと合流できて良かった、と安堵する。特にジャッカル先輩と合流できて良かった。うん。良かった……!
大会会場の空は静かに薄暮の色に染まる。
「ところで赤也。お前の横に立つ男が手塚国光である確率は99%なのだが。いったい、どうして手塚がそこにいる?」
柳の言葉に、手塚は少し感心したように頷いて。
「油断せずに行こう!」
「いや、油断してねぇから!」
ジャッカルが一生懸命に突っ込んだ。そしてふと気付く。
「そういや、大石が探してたぜ?手塚。」
「手塚!」
「真田!」
駅へと向かう道の途中。
真田を伴った青学軍団と。
手塚を伴った立海軍団が。
奇跡的に合流して。
「たまらんジャッカルだ!」
「大石。油断せずに行こう!」
信頼する仲間たちと再会できた喜びを胸に。
関東大会優勝校と、準優勝校の面々は。
ゆっくりと暮れなずむ町を後にした。
見上げれば澄み渡った空。
町は静かに夜の色に染まる。
☆☆15万ヒット記念☆ぷち企画☆☆
<今回のいただき冒頭文>
澄み渡った青空の下、何故だか不二と幸村が薄ら寒い笑みで向かい合い、
乾と柳が延々とデータ論議を繰り返し、
手塚と真田は「何故俺達はここにいるんだろう」と
ぼんやりと空を見上げていた。
どうもありがとうございました!
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