スイッチ!〜青学篇。
<冒頭文企画連動SS>



「俺達も入れ替わってみない?」
 唐突に菊丸が切り出すと、大石は着替えの手を止めて振り返った。

「入れ替わる……?」
 オウム返しに問う大石に、菊丸は深く頷いて。
「そう!立海の柳王と仁生みたいに!」
「……?」
 大石は一瞬首をかしげてから。
「ああ。柳生と仁王みたいに、ね。」
 ようやく菊丸の思考回路に追いついた。
 柳生と仁王といえば、紳士と詐欺師。
 お互いの姿に変装し、入れ替わって試合に出ていた二人組で。
 先日の関東大会決勝では、青学の黄金ペアと呼ばれた彼らにして煮え湯を飲まされた、苦い記憶のあるダブルスペアである。
 その二人のように入れ替わるということ。
 そうすれば何か新しい可能性に出会えるかもしれない。
 窓の外はみごとな晴天。
 部活前の、妙にうきうきした空気の中で目を輝かせる菊丸。
「面白そうだと思わない?」
 真夏の光が窓に満ちていた。


「聞いた?タカさん。今日、英二と大石入れ替わってるんだって。」
「入れ替わってるってどういうコト?」
 靴ひもを結んでいた河村に、不二が笑顔で声を掛けた。
「大石が英二で、英二が大石なんだって。」
「うん?」
 入れ替わっていると言われても。
 大石は大石で、英二は英二で。
 河村は首をかしげた。
 視線の先、テニスコートの隅で、菊丸は大石に飛びついて意味もなく跳ねている。
 ……いつも通り、に見えるけど……?
 河村の疑問を先回りするように、不二が説明を続けた。
「大石に見えるのが実は英二で、英二に見えるのが本当は大石なんだって。」
「……うん?」
「だからね、ボクたちにはいつもと変わらないように見えるけど、あの二人、大石と英二が反対なんだってさ。」
「…………えええ?!」
 強い陽射しを暑がる様子もなく、大石にじゃれついて、適当にいなされている菊丸。飛びついてくる菊丸に困った顔をしながらも、決して邪険に扱おうとはしない大石。
 どう見ても、普段通り。大石は大石にしか見えないし、菊丸は菊丸にしか見えない。
 狼狽えたように二人を見比べる河村を見上げ、不二はくすりと笑って。
「ボクたちも入れ替わってみない?」
 目を見開いて不二を見据える河村。不二はゆっくりと小首をかしげ。
「面白そうだと思わない?」
 グラウンドには真夏の光があふれていた。


「聞いたか?手塚。今日は大石が菊丸で、菊丸が大石で、不二が河村で、河村が不二らしいぞ。」
「……油断せず行こう。」
 乾の報告に、手塚はさっぱり分かっていない雰囲気をぷんぷんと漂わせたまま、自信満々に頷いた。
「ふむ。確かに油断はしない方が良さそうだが……。」
 何をメモしているのか分からないが、乾はノートを開き、軽く何かを書き込んでから顔を上げ。
「こうなれば、俺たちも入れ替わってみないか?」
 グラウンドに落ちる濃い影。
 なま暖かい風に揺れる夏木立。
「……入れ替わる……?」
 乾を正面から見据えて、手塚が問いかければ。
「ああ。入れ替わるんだ。」
 穏やかに応じつつ眼鏡を光らせる乾。
 軽く準備体操を始めている河村と不二の様子はいつもと何一つ違うところはなく。
 桃城とじゃれあっている菊丸と、それを見守る大石の様子も何一つ普段と変わるところもなく。
 言われなければ彼らが入れ替わっているとは思えない。
 手塚は事情が飲み込めたのか、飲み込めていないのか、黙って四人を見つめている。
 この様子では、どうやらやる気満々である確率32パーセントくらい、と乾は判断した。それから、そっとその判断を大幅に下方修正し、2パーセント程度と改めた。
 しかし乾の提案を拒否する様子もない。
 2パーセントというのは確率は0ではないのだ。
「面白そうだと思わないか?」
 真夏の光が彼らを包み込んでいた。


「ねぇ、桃先輩。」
「あー?どうした越前。」
「俺、大石先輩に用があるんですけど、大石先輩って誰でしたっけ?」
「えっとな。大石先輩は英二先輩だ。」
「そっか。呼んでみます。」
「がんばれよ〜。」


「ねぇねぇ、俺たちも入れ替わってみない?」
 大石(菊丸)が不二(河村)の袖を引く。
「ん?俺、もう不二と入れ替わってるんだけど。」
 困惑した様子で不二(河村)が反論すれば。
「分かってるよん。俺、大石だからね。入れ替わったら、今度はタカさんが大石だよ。」
「……えっと。そうすると、英二が大石やめて、不二になるの?」
 部員たちの元気な声があちこちから響いて。
「そうそう!そういうコト!面白そうだと思わない?」
 真夏の光が練習中の彼らの上に降り注ぐ。


「乾、ボクたちも入れ替わってみようよ?」
 河村(不二)が満面の笑みを浮かべて、乾(手塚)に声を掛けた。
「……うむ。」
 一度入れ替わってしまえば、もう後はどうにでもなれ、というコトだろうか。乾(手塚)はいやがる様子もなくあっさり頷いた。
「じゃあ、ボクが乾になるから、手塚は今からタカさんだよ?」
「うむ。油断せずに行こう。」
 手塚の眼鏡がきらりと光る。
 実は結構手塚も悪ふざけを楽しんでいるんじゃないかな。
 くすりと小さく声を上げて笑い、河村(不二)はおっとりと言った。
「面白そうだもんね。」
 真夏の光に、手塚の汗が光った。


「俺たちももう一度入れ替わっておくか。」
 手塚(乾)に声を掛けられて、菊丸(大石)は苦笑した。
「また入れ替わるの?」
 風が吹いた。逆光眼鏡が愉快そうにきらりと光る。
「お前たちがいきなり変な遊びを始めるからだろ。」
 そう言われてしまえば、反論の余地もなく。
「外見も性格も入れ替えんの大変だし、名前だけ入れ替えちゃえばいいじゃん。」
 と言い出した菊丸に、一日くらいだったら、ま、良いか、と賛同してしまったのは大石だったのだから。
 だが、手塚(乾)も別に菊丸(大石)を責めているわけではないのだ。
「面白いし、良いんじゃないか?」
 真夏の光が手塚(乾)の眼鏡に満ちていた。


「……なぁ、荒井。」
「うん?どうした。海堂。怖い顔して。」
「いや……乾先輩って、誰だ?」
「えっと……さっきまでは乾先輩は手塚部長だったけど……そのあと、入れ替わったっけ?」
「入れ替わったはずだ。さっき、大石副部長が手塚部長だったから。」
「じゃあ、誰だ?乾先輩。」
「分からん。」


 とりあえず。
 現段階での入れ替わり状態は以下の通りである。
 菊丸(乾) 手塚(大石) 乾(不二) 河村(手塚) 大石(河村) 不二(菊丸)
 そして楽しい部活の時間が過ぎてゆく。


 遠い空が西日の色に染まり始めるころ。
「そろそろ部活も終わるし、ボクの名前、返してもらおうかな。」
 不二(菊丸)に、乾(不二)がにっこりとほほえみかける。
「あ。そうか。そんな時間か。返さなきゃだよね!じゃ、不二が不二に戻る、と。」
「うん。で、英二は今から乾だよ。」
「了解!」
 不二が不二に戻り。
 菊丸が乾になって。
「結構面白かったね。これ。」
 ふふと笑う不二に、菊丸が元気いっぱい飛びついた。

「タカさん、そろそろ名前返そうか?」
 今日の活動内容がつつがなく終わったことを確認しながら、ふと思いついたように手塚(大石)が河村(手塚)に問いかけると。
「そうだな。家に帰ってまで続けるのは、家族に説明するのが大変そうだ。」
 律儀に河村(手塚)が応じる。
 や、手塚、家に帰ってまでこの遊び、続けなくても良いだろ?
 とは思ったものの、一応、手塚の言い分はもっともだとも思ったので、手塚(大石)はその場で河村(手塚)に名前を返すコトにした。
 手塚が手塚に戻り。
 大石が河村になって。
「手塚って呼ばれるの、ちょっと面白かったな。」
 にこにこと言う大石に、手塚は否定の言葉を口にしなかった。

「大石。」
「……ん?あ、大石は俺だっけ。どうしたの……えっと、英二、だっけ?」
「そうそう。俺は菊丸だ。」
 菊丸(乾)に唐突に話しかけられ、わたわたとしながら大石(河村)が応じる。
「いや、特に用はないのだが、俺たちはゴールデンペアなんだなと思ってな。」
「あ。そうか!そうだね。なんか不思議な感じだ。」
 穏やかな笑顔を見せる大石(河村)。
 乾と河村は決して仲が悪いわけではないけれども、この二人で黄金ペアと呼ばれるコトなど想像も付かない。きっと最初で最後の経験だろう。
「記念に入れ替わっておくか。」
「うん?そうする?」
 一瞬苦笑して、それからまたおっとりとした笑みを浮かべ、大石(河村)は頷いた。
「良いかもね。ゴールデンペアになった記念に。」
「ああ。」
 河村が菊丸になり。
 乾が大石になって。
「面白いな。こういうのも。」
 大石(乾)の独り言に、菊丸(河村)は。
「たまには、だけどね。」
 そう言ってからなぜか少し照れたように頭をかいた。

 そこへ。
「名前、返しに来たよん!」
 遊びを始めた張本人だから、最後まで責任を取らなきゃと思ったのだろうか。大石(乾)に乾(菊丸)が飛びついた。
「俺も名前返すよ。タカさん……えっと……今は英二かな?」
 河村(大石)が菊丸(河村)に歩み寄る。

 そして。
 河村は河村に戻り。
 乾も乾に戻り。
 大石は菊丸になって。
 菊丸が大石になって。

「最初の入れ替わり状態に戻ったね!」
 菊丸(大石)に飛びつく大石(菊丸)に。
「面白かったけど……ややこしい一日だったな。」
 菊丸(大石)はふぅっとため息をついて笑った。
 それから。
「俺たちも入れ替わってみない?大石。」
 菊丸(大石)が提案すれば。
「うん!」
 大石(菊丸)は上機嫌で頷いて。


「先輩たち、元に戻ってくれて良かったな。荒井。」
「ホントにな。」
 物陰で喜び合う海堂と荒井とか。
「俺たちも入れ替わってみないか?越前。」
「絶対いやっす。」
 物陰でじゃれ合う桃城と越前とか。
 そんな後輩たちの気配を感じながら。
 青学三年生たちは、うきうきと帰路につくのであった。







☆☆15万ヒット記念☆ぷち企画☆☆
   <今回のいただき冒頭文>
「俺達も入れ替わってみない?」
 唐突に菊丸が切り出すと、大石は着替えの手を止めて振り返った。

どうもありがとうございました!




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