卒業アルバム〜氷帝篇。
<冒頭文企画連動SS>



 宍戸が漫画を読み終わってふと顔を上げてみると、なぜかその先の本棚にある一冊の本が目についた。
 背表紙には大きく「氷帝学園中学卒業アルバム」という金色の文字。

 ああ。卒業アルバムか。
 懐かしいな。
 ベッドにあぐらをかいたまま、漫画を横に置いて宍戸は頬杖を突く。
 ふわぁとあくびをかみ殺しながら、ゆっくりと目を閉じれば、浮かんでくるのは仲間たちの笑顔。
 あいつら元気にやってるかな。

 忍足とか、まだ伊達メガネなのかな。
 阪神のメガホン片手に応援練習仕切ってたときは、結構びっくりしたよなぁ。このまま練習してたら、そのうち六甲おろしとか歌わされるんじゃないかって思ったし。
 後でそう言ったら「何や、歌いたかったんか?」とか勘違いされて、ムリヤリCD貸されたんだっけ。それ以来、うっかり野球見てると阪神応援しちまうのがなんか激むかつくぜ。

 向日、とか。
 あいつ、今、何やってんだろう?もしかしてまだ跳んでんのか?うっかり跳びすぎて、どっかに行っちゃわなきゃ良いんだけど。
 そういや、試合前にはしゃぎすぎて10mくらい跳んで、監督に怒られたりしてたっけ。
 や……10mは跳んでねぇよな?なんか記憶おかしいな。俺。

 ジローもな。
 毎日どこかで寝たおしてんじゃねぇだろうな。
 たくさん寝るとお金もらえるオシゴトとかないかなぁとか言ってたけど、そういや、枕会社とかの実験スタッフとかって寝るのがシゴトじゃねぇのか?
 そんなスタッフいねぇか。
 あー。俺も何変なコト考えてんだ。ホント。

 滝は……普通にそつなく生きてんだろ。あいつは。
 オカルト小説家とかになってたら笑うな。
 つうか、絶対そうだ。オカルト小説でノーベル文学賞獲っただろ。あいつ。この前、ニュースで見た。
 あれだ。あの。
 スポーツ新聞で連載してたエロ小説でノーベル文学賞だったんだよな。激あいつらしいぜ。

 あとは誰がいたっけ。
 あ。そうだ。跡部。跡部な。
 あいつは……美技出し過ぎだからな。
 この前、新しい美技で決めたときに、物言いが付いて、審議の結果、同体取り直しになって、各馬一斉にスタート、第一コーナーにさしかかったところで、四回転半ジャンプでバーディ、6アンダーでトップに1打差、襟をとられてもう少しで背負い投げ一本かと思いきや、二死満塁のチャンスに華麗にボークで逆転サヨナラ、試合終了……。

 そこまで考えて宍戸はかっと目を見開いた。
 ちょっと待てよ。俺、まだ卒業してねぇっての!俺、まだ氷帝中学の三年生だっての!
 微睡みかけた頭での取り留めのない思考を断ち切って、宍戸はベッドから飛び降りた。

「なんだよ。これは。」
 「卒業アルバム」を引っ張り出してみれば。
 それは手作りの写真集で。
 どれも見覚えのある写真ばかり。
「去年の……新人戦とかの写真か。」
 写真の下には一枚ずつ丁寧な説明書きがなされている。
 たとえば「芥川慈郎、試合中爆睡して3ゲーム落とすも圧勝」と書かれた写真では、芥川が幸せそうに寝こけていて。
「嘘付け!これ、ただの昼寝の写真だろ?」
 他にも「忍足侑士、相手選手を悩殺すべくメガネを外す夜」と書かれた写真では、忍足がメガネを拭いていて。
「や、試合中じゃねぇし。夜でもねぇし。だいたい、誰も悩殺されねぇっての!」
 「日本人初!月まで跳んだ向日岳人のムーンサルト」と書かれた写真には、華麗なムーンサルト中の向日の姿があって。
「何が日本人初だ!月まで跳んだヤツなんて世界中探してもいねぇっての!」
 「試合中なのに美技練習中の跡部景吾」と書かれた写真には、美技の決めぜりふを試行錯誤している跡部の横顔が写っていて。
「この顔は『俺様の美技に酔いな!』、言ってる顔だな。絶対。」
 「長髪サーブとキューティクルスマッシュで全国を目指す宍戸亮」と書かれた写真には、ボールを追って宍戸が髪を靡かせていて。
「そんな技はねぇよ!!」
 ふと、一人で一生懸命ツッコミを入れている自分に切なさを感じたりした。

 それでも宍戸はしばらくの間ぱらぱらと写真を眺め、溜息をつく。
「ジロと向日だな。こんなあほなもん、作ったのは。」
 真夏の夕方は気怠い時間帯である。
 宍戸はふわっとまたあくびをする。
 目をこすりながら、ふと見れば写真ページの上の方に大きな文字で「全国大会への道」と書いてあって。
「全く。何だよ。これは。」
 不思議と笑いがこみ上げてくる。二人が宍戸の家に遊びに来たのなんて、ずいぶん前のコトだ。きっとそのとき、本棚にこれを仕込んで帰ったに違いない。宍戸はずっと気付かなかったけど、彼らはずっと宍戸に突っ込まれるのを待っていたに違いない。
 全く……何やってんだか。
 あの二人のいたずらなら、もっと腹を立てても良さそうな気がするが、今回ばかりは何だか腹も立たなかった。
「全国大会への道、か。」
 開催地枠という、いささか予想とは違うルートでの全国大会入り。
 ずるい、と言われればずるいかもしれない。
 それでもやはり全国大会に行きたかった。行かれるのが嬉しかった。
 変なもん人の部屋に置いていきやがって。全く。
 激めんどうだけど、しょうがねぇ。明日、学校で突っ込んでやるか。
 宍戸はその「卒業アルバム」を鞄に押し込んで、ベッドにごろりと横たわった。


「わ!そんなん、俺、もう完璧忘れてた!!」
 宍戸の差し出した「卒業アルバム」を目にするなり、向日が目を見開いて飛び上がる。芥川も覚醒して、ぴょんぴょんと向日に合わせてジャンプした。
「超懐かC!!!」
 午前の練習の始まる寸前の部室で。
 三々五々集まった部員たちは、宍戸を取り囲んでその不思議な「卒業アルバム」を興味深そうに覗き込む。
 それが宍戸の部屋に置かれていた経緯は、おおむね宍戸の予想通りだった。
「もっと写真貼ろうぜ!!」
 新人戦以降の写真は部室の共有ロッカーの中にしまわれていて。
 がさがさと向日と芥川がそれを引っ張り出してくる。
 滝も忍足も参戦し。
「あ。この写真、良いんやない?」
「やるねー。」
 次々とアルバムは埋まっていった。

「あーん?何やってんだ?」
 写真を選び始めて三分ほど経ったころだろうか。
 職員室に寄ってから来ると言っていた跡部が姿を見せて。
 件の「卒業アルバム」を覗き込む。
 滝が事情を手短に説明すれば、跡部は分かったんだか分かってないんだかよく分からない表情で、軽く鼻を鳴らし。
「ふぅん。アルバムなわけね。」
 と頷いた。
 あんま分かってねぇな。こいつ。
 宍戸は爽やかに確信を持ったが。
 しばらく黙って何かを考えていたらしい跡部は。
 そのまま「卒業アルバム」にくるりと背を向けて着替え始める。

「後ろのページ、いっぱい空けておけよ?」

 低く笑うような声でそう宣言すると、さっさと着替えて部室を出て行った。
 一瞬、宍戸は言葉の意味を分かりかねて。
 それから、くすりと喉の奥で笑い。
「そうだな。ま、早いトコ、練習行くか。」
 独り言のように呟く。
 皆が静かに頷いたのに気付いて、宍戸はもう一度喉の奥で軽く笑った。







☆☆15万ヒット記念☆ぷち企画☆☆
   <今回のいただき冒頭文>
○○が漫画を読み終わってふと顔を上げてみると、
なぜかその先の本棚にある一冊の本が目についた。

どうもありがとうございました!




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