卒業アルバム〜六角篇。
<冒頭文企画連動SS>



 葵の天根の息の合った発言に、その場の空気が凍りついた。
 佐伯は苦笑し、黒羽は頭を抱え。樹はきょとんとしたまま微動だに出来ないでいる。

 穏やかな陽射しが窓に入り込んで。
 ふぅっと黒羽が深い息を吐く。
 そのとき部室の扉ががちゃりと開いた。
「くすくす。何の話してたのさ?」
 たぶん、葵と天根の声が聞こえていたのだろう。弁当箱片手に姿を見せた木更津が訊ねる。
 時は昼休み。
 別にこれといった用はないのだが、続々とテニス部員が集まってきた部室にて。
「これ見てたんだ。」
 佐伯が指し示したのは一冊の卒業アルバム。
「うわ。懐かしい。誰持ってきたの?これ。」
 忘れもしない、小学校の卒業アルバム。
 六年間通った校舎の写真。校舎自体は近所だから今でもしょっちゅう見かけるのに、卒業アルバムの中に見える校舎はやけに懐かしい気持ちをかきたてて。
「剣太郎が見たいっていうから、持ってきたのね。」
 ようやくフリーズが解けたらしい樹が、しゅぽっと息を吐いた。
 黒羽がそっとページをめくる。
「もう三年経ってんのか。」
 写真に登場する顔ぶれは、どれも同じ中学校に来ている連中ばかりだけども。三年間という月日が確かにそこにはあって。
「バネが小さい。くすくす。」
「そら、俺だって小さくて可愛い小学生だっただろうがよ!」
「俺の方が可愛かったけどね。」
 横から佐伯が覗き込む。
 一年生のときの写真と。
 六年生のときの写真。
 二段に並べてあるページには、彼らの六年間が詰まっていて。
 別に何があったというわけでもないけれども、その六年間はなんだかとても大切なものだった気がして。
「ここに剣太郎が写ってるのね。」
「あ。ホントだ。これ、剣太郎、何年生のときだ?」
 校庭で駆け回るスナップなどには、後輩の姿も混ざっている。
「ダビデ発見。お前、ホント、昔っからぼけ〜っとしてるよな。」
「ぼけ〜っとボケるから、突っ込んでね。バネさん……?」
「あー?」
「……真顔で聞き返さないで!突っ込んで……!」
 小さな町の小さな小学校。
 誰かの思い出はみんなの思い出で。
 だけど。

「でもやっぱり、ボクもサエさんたちの学年だったら良かったのにな。」
 ぷぅっとむくれる葵の言い分にも一理あるにはあって。
 学年が違うというたったそれだけのコトは。
 それはそれで。
 寂しいには違いなくて。
「二人を残して、俺たち卒業だな。また。」
 ぽふっと木更津の手が葵の頭を撫でた。
 葵の目が寂しそうに先輩たちを順繰りに見つめ。
「追いかけて来いよ?高校で待ってるからさ。」
 木更津の言葉に、しゅぽっと樹が鼻息で相槌を打つ。

「でも……亮さんも、置き去りにされた、でしょ?」
 机にぺたりと突っ伏して上目遣いに訊ねる天根。
「……くすくす。そうだね。」
 彼らにもまた追いかけたい先輩がいたわけで。
 高校で待ってると言ってくれた先輩がいたわけで。
 きっと天根にも葵にも、そういう後輩が追いかけてくるはずで。
 ……や。ダビデにはいないかも。
 そこまで考えて、佐伯は無性に天根が不憫になり。
「ダビデ……ちゃんと晩ご飯たくさん食べるんだよ?」
「……うぃ?」
 よく分からない心遣いをしてやった。

「そっか。なるほどね。それでさっきの台詞か。」
 くすくすと木更津が笑い出す。
「そういうコト。」
 黒羽がばたりと卒業アルバムを閉じた。
「それにしたって、ね。」
 木更津のくすくす笑いは癖には違いないが、今日ばかりは本当に笑っているようで。
 軽く目を伏せて笑い続ける。
「でも、ホントのコトだもん。」
 拗ねたように葵が口を尖らせた。

 そう。
 木更津が部室の扉を開きながら聞いた台詞は。
「早く老人会に入りたい!」
 という意味不明のフレーズで。
 うら若き12歳、13歳の少年の魂の叫びとしてははなはだ意味不明なもので。

「だって、老人会は卒業がないんでしょ!」
 目を輝かせる葵。
「そしたらボクたちも、ずっとサエさんたちと一緒に遊べるもん!」
 それもそうかな、とも思う。
 お迎えが来るまでは一緒。
 それもいいかもしれないな、とも思う。
 だけど。
「なんか違わない?くすくす。」
 何が違うかは分からなかった。樹ちゃんがフリーズするわけだ、と思う。バネが頭を抱えるのも、サエが苦笑するのも納得だ。道理で自分も笑いが止まらない。
「そうだよな。なんか違うよな〜。」
 微妙に真顔で頷いたのは黒羽。
「老人会は遊びじゃないんだぜ?剣太郎。」
 真顔なのは良いが、それも違うと思う。
 木更津は当分笑いの発作が止まらなそうだったので、あっさり諦めて部室の奥に放置されたパイプ椅子に身を投げた。

「遊びじゃないの?!」
 きらきらと目を輝かせて身を乗り出す葵に、黒羽は深く頷いた。
「老人会だって大変なんだぞ?まず、入会試験があるしな。」
「え?ホント?!」
 驚いたのは天根。
 樹はそっと佐伯に目をやったが、佐伯は苦笑して小首をかしげた。
「マジだ。マジ。オジイが言ってた!」
 黒羽が真顔なのは、葵たちを騙そうとしているからではなく、自分もしっかり騙されているからだろう。面白そうだから放っておこう、と木更津は思った。佐伯も同じコトを考えているらしく、小さく微笑んで木更津に頷いて見せる。

「それにな、老人会の全国大会があるから、結構練習ハードだって言ってたぜ?」
「老人会の全国大会?!」
 オジイも楽しいだろうな、と佐伯は思った。
 人なつっこく素直な子供たちが、思うままに騙されてくれるなんて。
 幸せな老後だよなぁ、と思う。
 オジイの幸せのためなら、バネが騙されているコトくらい、全然平気だ。というか、むしろ望むところだ。さすがはオジイ!ありがとうオジイ!

「どうも六角の老人会は全国大会の常連らしくてな。ライバルの東京代表を叩きつぶすのがオジイの悲願らしいぜ?」
「そうなんだ!それは燃えるね!!」
 身を乗り出しすぎな葵が、黒羽の言葉にどん!と机を叩き叫ぶ。
「打倒、東京代表!!」
「うぃ!打倒、東京代表!」
 葵と天根は気合い十分であって。
 困ったことに黒羽まで含めて三人ともやる気満々だ。
 そこへ。
「ところで老人会の大会って何やるのね?」
 うっかり樹が質問をしてしまい、横にいた佐伯はついどきどきする。
 もしかして樹ちゃんも騙されちゃってる?!
 そう思うと佐伯は、オジイへの感謝が更に募るのを感じた。
 オジイ、良い仕事してるよ!
 黒羽は記憶をたどるようにゆっくりと答える。
「えっとな。……確か、ゲートボールと潮干狩りとカラオケでトライアスロンらしいぜ?」
 それはトライアスロンじゃないだろ?と突っ込む余裕は佐伯にはすでになかった。
「オジイは潮干狩りで向かうところ敵なしだね!」
 誇らしげに胸を張る葵。
「うぃ。俺も頑張る。オジイと一緒に全国行く。」
 天根も健気な言葉を吐く。
 オジイの生きているうちに老人会に入るのは難しいんじゃないかな、と突っ込む気力は木更津にはすでになかった。

「ま、俺らが揃えば、オジイを全国に連れて行くのは楽勝だろ?」
 黒羽の真剣な声に。
「そうだね。」
 うっかり相槌を打った佐伯は。
 いつの間にか苦笑を微笑に変えていて。
「ま、俺らにかかれば全国優勝も夢じゃないんじゃない?」
「おう。楽勝だな。」
 部室の窓に夕方の風が吹き込んできた。

「早く老人会に入りたい!」
 もう一度力強く叫ぶ葵。
 天根も深く頷いて。
 ま。
 それならそれでも良いかな、と。
 木更津は再びくすくす笑いが止まらなくなる予感に、くすりと笑った。







☆☆15万ヒット記念☆ぷち企画☆☆
   <今回のいただき冒頭文>
葵の天根の息の合った発言に、その場の空気が凍りついた。
 佐伯は苦笑し、黒羽は頭を抱え。樹はきょとんとしたまま微動だに出来ないでいる。

どうもありがとうございました!




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