山吹署の対策本部に集まった捜査官たちは、今朝発見された予告状を回覧しつつ、対策に苦慮していた。
予告状にはいつも通りの文面。
「今夜、いただくです♪ ダダダダーン☆」
「怪盗ダダダダーンのやつめ。一体、今度の狙いはなんなんだっ。」
対策本部長の南が苦々しげにつぶやく。
「銀行から三億円盗んだかと思えば、宝石店を襲い、今度はハイテク企業の機密情報。稀覯本とか、ビートルズの非売品レコードなんかも狙われましたし。全く、次の狙いを読ませないっすよね。」
腹心の室町が資料をめくりながら、独り言のように言った。
「本当にな。予告するんだったら、何を盗むかまで書けっていうんだ。」
と、南。
対策本部の安っぽい長机にパイプ椅子はよく似合う。そしてそこで苛々する捜査官、というのもまたよく似合う。
なんてことをのんびり思いながら、千石はあくびをした。
南以上に苛々しているのは、隣に座る亜久津である。
「だ〜か〜らっ!俺が言ってるだろうが。その予告状を書いたやつは、ただの愉快犯で、実際の犯罪者は別のやつだって!」
「でもさ、亜久津。ダダダダーンの予告状が来た日には、必ず何か大きな盗難事件が起こっているんだよ?そんなこと、予想できる愉快犯って、ちょっと不自然じゃない?」
「偶然だろっ。世の中、毎日五万と犯罪が起こってるんだっ。」
「警察が偶然に頼っちゃだめだよ。この科学全盛のご時世、必ず原因と結果を探らなきゃ〜。」
「予告状が来ている以外に、盗難事件には共通項、ないんだろうが!同一犯の犯行だと決めてかかったせいで、真犯人を見逃しているんじゃねぇのかよっ!」
「じゃあさ、別件だっていう証拠は〜?」
亜久津に楯突くのは楽しい。南あたりをからかうと、本気でへこみそうなので心配だが、亜久津はからかえばからかうほど、気合いを入れて仕事をするから、やつをいじめているとなんだか署に貢献してる気がしてくる。なかなか良いやつだ。
千石はそう思った。
そこへ、軽やかなノックの音が響き。
「失礼するです〜。お茶をお持ちしたです〜〜。」
壇太一が現れた。
まめまめしく、捜査官たちに湯飲みを配って歩く壇太一の姿は、危なっかしいものの、どこか人を和ませる力がある。あの亜久津でさえも、ちょっと優しい目をして壇を見ていた。
しかし。
「亜久津先輩には牛乳を用意したです。いつも苛々しているのはカルシウムが足りないからだと伴田署長が言っていたですよ〜〜。」
よく分からない理屈で、対策本部室で三角パックの牛乳を手渡される亜久津。
もちろん、従順に受け取るような人格者ではない。
「てめぇ、なめてるのかっ?だいたい、三角パックなんて、今どき、どこで売ってるんだっ。」
亜久津は怒るか質問するか、どっちか片っ方にすべきだったな、と。
冷静に千石は考えた。
これじゃただのノリ突っ込みだ。
「売ってるです〜〜。怒らないで飲んで欲しいです〜〜。せっかく、用意したのに〜。」
半べそをかかれると、亜久津は弱い。それを知っていて、壇太一は確信犯的に泣きそうな顔をする。
「……飲めば良いんだろっ。飲めばっ。」
「はいです〜〜。飲んで、立派なお仕事をしてくださいです〜〜。亜久津先輩は体も大きくて、頭も良いから、僕の憧れなんです〜〜。」
「……てめぇもたまには仕事しろよ……。」
「僕は体も小さくて、亜久津先輩みたいにはなれないです〜〜。だからこうやって、お茶くみ課で、亜久津先輩たちを支えるために頑張っているですよ〜〜。」
亜久津、思いっきり脱力している。
千石は、実は壇太一という後輩は侮れないやつなんだなぁ、としみじみ思った。
「ところで、南。お茶くみ課って何?」
「ああ、伴田署長が太一のために作った課だ。」
「……太一一人でやってるの?」
「いや、室町が課長を兼任している。室町は麦茶の淹れ方にはうるさいからな。」
南はいつでも真面目だ。そして本気だ。恐ろしいことに。
「室町くん。お茶くみ課の課長って何するの?」
「一日十分、太一に説教をして、五分、太一を褒めてやるのが仕事です。」
そう言うと「お茶くみ課課長 室町十次」とだけ印刷されたシンプルな名刺を胸ポケットから取り出して、千石に手渡す。
室町くんはどこまで本気なのか、さっぱり分からない可愛い後輩だ。
千石はそう思いながら、のんびりと目線を亜久津に戻した。亜久津は苦虫をかみつぶしたような表情で牛乳を飲んでいる。
それを嬉しそうに見つめる壇太一。
そして周囲を見回して。
驚愕しきった声を上げる。
「あっ。僕のメモがどうしてここにあるですかっ?!」
手に取ったのは、怪盗ダダダダーンの予告状。
「た、太一?!これ、お前のメモなのか?」
南の声がうわずっている。そりゃ、そうだよね。
「そうです〜〜。間違いないです〜〜。朝から探していたですよ〜〜。」
亜久津が頭を抱えている。
可愛いなぁ。
千石は極めて冷静に、そう思った。
「おい、太一、その『今夜いただく』ってのはどういう意味なんだ?」
「え?」
亜久津の鋭い質問に、壇太一はひどく赤面して。
「そんなっ。そんな恥ずかしいです〜〜。僕には言えないです〜〜。」
なぜか、脱兎の如く、対策本部から、駆けだしていってしまった。
唖然とする一同。
これはなかなか面白い絵だなぁ、と、一同を見回して、千石はカメラを持ってこなかったことを後悔した。
「……ってことは、壇太一が怪盗ダダダダーンだということですかね。」
室町くんが資料をうちわ代わりに、ばさばさと空気をかき回しつつ言う。
「……太一が。太一があのダダダダーンなのか。」
南はかなり衝撃を受けている。可愛がっていた後輩が犯罪者だった、なんて、真面目な警察官の南にとっては、耐えられない事実かも知れないな。
「だ〜か〜らっ!あれは太一のメモでっ!盗難事件とは関係ないってことだろっ!」
亜久津が懸命に叫んでいる。
でも、ショックが大きすぎたのか、南の耳には入っていない。
南の隣に座る室町くんは、何を考えているのか、全く読ませない可愛い後輩だ。
そう考えながら、千石はパイプ椅子ごと、ギシギシと貧乏揺すりをしてみた。
パイプ椅子の貧乏揺すりは本当に貧乏な感じが出て、いいなぁ。
と、しみじみ、貧乏を味わいながら。
う〜ん。
太一が赤面して隠そうとする「今夜いただく」モノ。
一体、何をいただくつもりなんだろう。
想像しただけでわくわくするなぁ。
千石は、緩む口元を押さえきれなかった。
山吹署のダダダダーン対策本部では、いつ果てるとも知れぬ会議が続いている。
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