猫の居る風景〜六角篇。
<冒頭文企画連動SS>



 む年(無念)しょう月(正月)えん日(縁日)生まれのどげ座(土下座)、血液型はミヤマクワ型(ミヤマクワガタ)、干支はししお年(ししおどし)。そう書かれたプロフィールが机の上に放置してあった。
 見慣れた汚い字の羅列に佐伯は小さく笑って。
「ダビデ。」
 呆れたように背後の後輩に声を掛ける。
「うぃ?」
「これ、何だよ。」
 土曜練習が始まる時刻。
 部室では各人各様に練習の準備をしている。
 昨日は台風で、練習が休みだったため、今日はテニスができるというそれだけで、もう嬉しくて。
 そんな上機嫌が手伝ったのか、佐伯はいつもならスルーするであろうダジャレ満載の謎のプロフィールにも、軽いツッコミめいた言葉を掛ける。
「それ……暇だったから昨日考えた……イチゴちゃんのプロフィール。」
「イチゴちゃん?何だよ。それ。」
 天根の意味不明な説明にも、いちいち付き合ってやる。ダジャレのツッコミどころを丁寧にいちいち解説している辺り、天根らしい細心さにあふれたプロフィールである。黒羽なら全部にきちんと突っ込むんだろうなぁ、と思いつつ、佐伯はプロフィールをさりげなく黒羽の手の届くところに置いてやった。
 俺、今日はずいぶんとサービス良いよなぁ!
 なんて、爽やかに自画自賛しながら。

「イチゴちゃんって……あの、駐車場に住んでいる子。」
「駐車場に住んでいる……ああ、あのカローラ?」
「イチゴちゃんは車じゃない……!」
 不満げに佐伯を睨み付ける説明不足の天根に、着替えを終えた樹が助け船を出す。
「あの大きな三毛猫なのね。サエ。」
 そしてボールの入ったかごを抱え上げる樹に。
「三毛猫……?」
 佐伯が小さく呟いて。
「ダビデはおからのコト、イチゴちゃんって呼んでんのか。」
 ようやく理解した様子で頷いた。

「ちょっと待て!サエ!」
「ん?」

 少し離れたところで天根自筆の謎のプロフィール用紙を片手に、いつ天根と佐伯に突っ込むか、指先をわきわきさせながらタイミングを計っていたらしい黒羽が、耐えかねて半端なツッコミをかます。
「おからって何だ!おからって!」
「だからその三毛猫。ダビデ言うところのイチゴちゃん。」
 しゅぽ、と溜息のような鼻息を吐いて、樹が笑った。
「お前ら、変な名前付けすぎなのね。」
「ってか、なんで食い物の名前付けんだ!猫に!」
 黒羽の長い足が、佐伯の背中を襲ったが、軽く避けられる。もちろん、黒羽も避けられるコトを想定済みである。

「じゃあ、樹ちゃんたちは何て呼んでたのさ。おからを。」
 あくまでも「おから」という名前にこだわりつつ、佐伯が話の矛先を転じれば。
「俺はぶちの色が似てるから、ハマグリって呼んでたのね。」
 樹がのんびりと応じ。
 や、それは「おから」や「イチゴ」と大差ない名前なんじゃないかな、と。
 むしろそれくらいなら「イチゴ」の方が遥かに名前らしいんじゃないかな、と。
 部室にいる仲間たちは素直に考えたのだが。
「きれい好きな猫みたいだったから、俺は洗濯って呼んでたんだけどな。」
「……聡。お前な。」
 予期せぬ伏兵の意外な発言に、黒羽はとりあえず裏拳で精一杯のツッコミを入れる。
 そして。
「なんだ。淳って名前なんじゃないの?あの猫。くすくす。」
 微妙な木更津の発言に。
「お前、淳が居なくてそんなに寂しかったのか?」
 思わずツッコミ損ね、まともなリアクションをしてしまう黒羽。
「ううん。俺はただ……淳で遊びたいだけ。くすくす。」
 上機嫌にそう応じて、木更津は帽子を深くかぶり直す。
 天根は密かに、イチゴちゃんプロフィールへのツッコミを心待ちにしていたのだが、これだけみんなが好き放題にボケまくっていては、当分ムリだろう、とちょっとだけしょんぼりした。

「で、バネはどうなのさ?」
 佐伯のご指名に。
「あん?」
 黒羽は一瞬びっくりしたように目を見開いてから。
「猫は猫だろ?」
 真顔で応じる。
「だからあの猫、何て呼んでるんだよ。」
「だから猫だっての!猫は猫だろ?」
 ぽかん、と口を開ける樹。またくすくすと木更津が笑い出す。
「猫なんて呼ばれてちゃ、おからが可哀想だ。」
 憮然とした様子で佐伯が黒羽を小突いた。そのとき、ふと、首藤が首をかしげる。
「そういや、今朝、駐車場で洗濯見たか?」
「ん?」
 一同は、「洗濯」というけったいなフレーズを、「おから」なり「イチゴちゃん」なり「ハマグリ」なり「淳」なり「猫」なりに置き換えて理解し。
「いなかったな。」
「うん、俺も見なかった。」
 ふと、不安に駆られる。
 彼らが小学生だったころから、その三毛猫は駐車場にいた。毎朝、彼らが登校するのを見守るように、ときには学校まで付いてきたし、近くのテニスコートで練習している日などはお弁当の時刻をよく了解していて、お昼時になると姿を見せた。
 そんな顔なじみの猫だったからこそ、皆、心の中で勝手に名前を付けていたりするわけだが。
「昨日の台風ひどかったからな。大丈夫か?猫のヤツ。」
「そうだね。バネ。もうおからも若くないし……ちょっと心配だ。」
 窓の外は台風一過の青空。だが、もしかしたら昨日の突風や大雨のせいで、三毛猫は風邪をひいてしまったかもしれない。びっくりして駐車場を飛び出して、道に迷ったりしているのかもしれない。
「迷い猫の貼り紙でも作るのね?」
「そうだね。うちの淳知りませんか?ってポスター貼ろうか。」
「でも誰か、洗濯の写真とか持ってるヤツいる?」
「イチゴちゃんのプロフィールならあるよ……?」
 こんなコトのために用意したわけではないのだろうが、話の流れ的に、ようやく仕込んでいたネタを引っ張り出せると思ったのだろう。天根が目を輝かせて会話に割り込んで。
 一応、そろそろ突っ込んでやらないと天根が可哀想かなと、心優しい三年生たちは考えた。
 そして。
 さっと木更津と樹が道を空け。
「プロフィールって、ダジャレばっかじゃねぇか!!こんなん、猫探すのに役に立つかぁ!!」
 びしぃっ!!
 派手な音とともに、部室の壁が揺れる。
 黒羽の跳び蹴りをまっすぐに食らった天根は、壁に激突して幸せそうに昏倒した。

 そのとき。
 ばたーん!
 もう一度激しい音がした。
 それは部室の扉の音で。

「もてもて丸&葵剣太郎、ただいま参上!!」
「にゃ〜ぅ!」

 心優しい六角中の三年生たちは。
 行方不明の猫の心配ばかりして、行方不明の一年部長の存在をすっかり忘れていたコトに気付いて。
 少しだけ困惑気味に顔を見合わせ。
 その一年部長に、むりやり肩車された様子の三毛猫の姿に、ほっと胸をなで下ろして。

「もてもて丸って何だよ。」
 ふぅっと、溜息混じりの佐伯は時計を見上げた。
「剣太郎、10分遅刻。校庭走る?」
 黒羽が三毛猫を抱き取って。
「ううん!さっきもうもてもて丸と一緒に、学校の周り三周走ってきた!だからボクもう走らなくて良いよ!ってかね、聞いて!学校の周り、木とか看板とかいっぱい倒れてて、すごく面白かった!!」
 意味もなく元気いっぱいの葵の発言に。
 そんな葵にさほど迷惑した様子もない三毛猫の姿に。

「星座、いくらなんでも土下座はありえないだろ。ねぇ、おから?」

 佐伯の声を聴きながら。
 猫の名前が「おから」って方がずっとありえねぇっての。
 と、突っ込むべきか突っ込まざるべきか、密かに悩みながら。
 黒羽はとりあえず腕の中の三毛猫をぽふぽふと撫でてみた。







☆☆15万ヒット記念☆ぷち企画☆☆
   <今回のいただき冒頭文>
む年(無念)しょう月(正月)えん日(縁日)生まれのどげ座(土下座)、血液型はミヤマクワ型(ミヤマクワガタ)、干支はししお年(ししおどし)。そう書かれたプロフィールが机の上に放置してあった。

どうもありがとうございました!




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