マイペースで行こう!
〜丸井@山吹篇。

<冒頭文企画連動SS>



「どこでそんなもん拾ってきたんだ?」
 南の声に、千石はびくりと肩をすくめた。
「南くんってば目ざといんだから〜!!」
 この土砂降りでは部活もままならない。体育館を使っての軽い基礎練だけで、今日の部活は終了している。
 余ってしまった時間を、何するともなく部室で過ごしていた南と東方のもとへ、先に帰っていったはずの千石が、こっそりひっそり姿を見せた。
 しかも。
 あからさまに余所の学校の制服を着た少年を連れて。
 それを突っ込まない南ではない。
「目ざといも何も……何しに来た。丸井ブン太。」
 今度は丸井がびくりと肩をすくめる番だった。はっきりと名前まで呼ばれてしまっては、ひっそりもこっそりもあったものではない。
「校門前で拾ったの。」
 正直に白状する千石を睨み付けつつ、丸井はぷぅっと風船ガムをふくらます。
「拾ったのはどっちかって言うと俺の方だろぃ!」
「そうなのか?!千石!お前、自分の学校で他校生に拾ってもらったのか?!」
 びっくりして立ち上がる東方。
「……東方……もう少し千石を信じてやれ。」
 南は小さく溜息をついた。

「で、丸井。何しに来たんだ。お前は。偵察か?」
 真っ直ぐに丸井を見据える南を正面から見つめ返し、丸井は鼻で笑う。
「偵察?山吹なんか偵察したって仕方がないだろぃ。」
 軽く眉を上げる千石。
 さすがののほほんエースも、山吹など眼中にないかのような丸井の発言を聞き捨てならないと思ったのだろう。
 挑発気味に丸井に言い返す。
「待ってよ。丸井くん。うちの部長ほど地味なやつ、他にいないよ?」
「んだと?じゃあ、その地味部長ってやつを見せてみろぃってんだ!」
 やり返す丸井に、千石は勝ち誇ったように笑った。
「ふふふ。丸井くん。うちの部長の地味さ、思い知るが良い!!ね、南!!」
 振り返れば。
 額を抑える南の姿があって。
「あれ?南くん?」
「部長を出せ!さぁ出せ!やれ出せ!すぐに出せ!」
 小首をかしげる千石の横で、丸井がじたばたと暴れ出す。
「丸井。あのな。……こいつがうちの部長だから。」
 遠慮がちに東方がこっそり紹介すれば、丸井は一瞬目を見開いて。
「……すげぇ!すげぇ地味だ……!!」
 心から敬服した様子で呻き、南をますます落ち込ませた。

「あのね、南。丸井くんはね、俺に『ラッキー入門』に来たんだって。」
 それでも山吹の面々は、来客に椅子を勧め。
「『ラッキー入門』?」
 激しい雨が窓を叩く。
 そんな音の嵐の中で。
「うん。俺みたいにラッキーになりたくて、こんな雨の中、来てくれたんだって。」
 南と東方は顔を見合わせた。
 千石は自分がラッキーだと言い張るけれど。
 彼は決してラッキーなんかじゃない。むしろアンラッキーなくらいだ。
 それでも、もし、ラッキーと呼べるモノがあるとすれば。
 前向きさを天に与えられたコトくらいだろうと思う。
 そんな地味な二人の思惑を知ってか知らずか、丸井はまたガムをふくらませた。

「あ。」
 そのとき、南の携帯が震えだして。
「もしもし?」
 声を潜めるように遠慮がちに通話ボタンを押す。
「ああ。向日。うん。分かるよ。氷帝だろ?……ああ、大石ね。うん。あいつ、もう、腕平気なのか?……え?六角?……ああっと、今、俺んとこには渉外の資料がないんだ。後輩に貸してて。悪ぃ。……そいつ、もう帰っちゃってるんだ。……後輩の番号?……ああ、そういうコトなら。メモ、良いか?名前は壇太一。番号は……。」
 ゆっくりと壇の番号を教え、南は電話を切った。
 待ち構えていたかのように、千石が胸を張る。
「南は地味だけど、携帯持ってるんだぞ!」
 そんな千石の額を、ぺちり、と南の手のひらが直撃する。
「何の自慢だ!それは!」
 丸井がもう一度、風船ガムをふくらませた。

「で。丸井は何でラッキーになりたいんだ?」
 のんびりと東方が話題を戻す。
 南に叩かれた額を両手で大げさに抑えたまま、千石が二度ほど頷いた。
「うん。何で?」
 しかし丸井は答えず、ふくらませたガムをむしゃむしゃと頬張り直す。
 窓がちかりと光った。遠くで雷が鳴っているのかもしれない。
「良いだろぃ。なんでだって。」
 東方と南はもう一度顔を見合わせた。

「あれ?客なのだ?」
 がたりと扉が開いて、新渡米が顔を出す。
「どうした?帰ったんじゃないのか?」
「傘さしても意味なさそうだから、雨宿りしてから帰るのだ。」
 新渡米の後ろには喜多と室町。
 昇降口まで行って、あまりにひどい雨に閉口し、戻ってきたのだろう。
「太一は?」
「たぶん先帰りました。亜久津先輩追いかけて。」
「亜久津?」
 室町の言葉に、びっくりした声を上げる南。
「うぃっす。『亜久津先輩の髪が雨に濡れたらぺしゃんこになるかどうか、この目で確認するです!』って、土砂降りなのにメモ帳片手に走っていきました。」
 好奇心は猫をも殺すってやつか。
 東方はにこにこしながら、窓の外に目をやった。
 確かにこの雨なら、亜久津の髪もすごいコトになりそうだ。
 その隣で。
 太一のチャレンジ精神はもう少し他の方向に発揮されたら良いんだけどなぁ。
 南は小さく溜息をついて。
 黙って風船ガムをふくらます丸井に視線を移す。

 そのとき。
 軽やかなメロディが部室を驚かせ。
「あ!俺に電話じゃん!ラッキー!」
 何がラッキーなのかさっぱり分からない感想を口にしながら、千石が携帯に出る。
「もしもっし!……うん、忍足くん!……うん?……えー?……仕方ないなぁ!じゃあ、特別に教えてあげよう!番号、言うよ?」
 上機嫌で千石は鞄の中から小さなアドレス帳らしき冊子を取りだして。
 電話番号を読み上げる。
「ちゃんとメモできた?……うん。それでオッケイ。それ、誰の番号だと思う?……はずれ〜!六角とは全然関係ないよん!……良いじゃん!六角よりずっと価値あるってば!……聞いて驚くなよ?それ、橘杏ちゃんの番号!……そうそう!むっつり橘の妹の!!……命がけだったんだよ?橘くんに隠れて、杏ちゃんから番号聞き出すの。俺のラッキーをフル稼働した成果なの!それ。……ね、すごいとっておきの秘密情報でしょ?……感謝してよね!うん!……じゃあね!!」
 勢いよく携帯を閉じると、千石は鼻歌交じりで鞄に携帯を押し込んだ。

 腕の時計に視線を落としていた南が口を開く。
「……今の電話、六角の番号聞かれたのか?」
「え?うん!さすが南くん!!よく分かったね!!」
 驚いたように目を見開く千石。
「や、さっき俺んとこにも電話あったからさ。……それにしても、お前、なんで橘杏の番号を……。」
「いや〜、よくぞ聞いてくれました!橘くんのいるすぐそばで、杏ちゃんの番号聞き出したなんて、俺、すごいっしょ?」
「そうじゃなくて、あのな、相手は六角の番号を……。」
「ホントにさ〜!橘くんにバレたら、俺、絶対アイアンクローとかで一撃必殺喰らって轟沈してたよね!」
「そうじゃなくて、えっと……。」
「橘くんってば、ああ見えても絶対むっつりだし、妹のコトになると目の色変わりそうだもんね〜。あれはホント命がけだったよな〜!」
「……いや。えっと。橘って、そんなに心狭くないんじゃないか?」
 目をきらきらさせて自分の「命がけの戦い」を語る千石に、南はうっかり話を合わせてしまい。
 自分の流されやすさに少しだけ哀しくなって。
 その視界の端で。
 ぷぅっと丸井の風船ガムがふくらんで。
 ぱちん!と割れた。

「さっさと俺をラッキーにしろぃ!」
 椅子の背もたれに寄りかかって、丸井は鼻を鳴らす。
 南と東方は三度顔を見合わせた。
 相変わらずひどい雨が降っている。
 こんな雨の中、わざわざ来るのだから。
 丸井はよほど「ラッキー」が必要なのに違いない。
 丸井ほどの自信家だったら、実力で何とかなるモノなんかいらないんだろう。
 テニスの話じゃなくて。
 たぶん、自分の話でもなくて。

「喜多くんさ。」
 背後に座っていた喜多の方へ、千石が椅子ごとがばりと振り返った。
「この前、俺、ラッキーの素、上げたよね?」
 そう言って、小さくウィンクする。
 一瞬、何を言われているのか分からない様子で、喜多は二三度瞬きを繰り返したが。
「国語の教科書に挟んであるのだ。喜多。」
 新渡米の助け船に、喜多ははっとして鞄をひっくり返す。
「もらったであります!」
 それは数日前。
 喜多が自分で見つけた四葉のクローバーで。
 丸井に見えないように、千石が小さく手を合わせると、喜多は首を振って千石の手にクローバーを押しつける。
「先輩のおかげで、いろいろラッキーだったであります!」
 喜多の言葉に。
 腕を組んで壁により掛かっていた室町が小さく微笑んで。

「今、これしかないから、これで勘弁してよ。丸井くん。これ、俺のラッキーの素だから。」

 千石が四葉のクローバーを見せると。
 目を見開いてクローバーを凝視した丸井は。
「……ラッキーの素……。」
 ずいっと出した手のひらに、乾いたクローバーを載せてもらって。
 そっと壊れ物を扱うように、おっかなびっくり押し頂いて。

「……これで本当にラッキーになるんだな?」
 じっとクローバーを見つめたまま尋ねると。
 部室にいた全員がこくりと頷いた。
「当たり前っしょ。ラッキー千石のお墨付きだよん!」
 丸井は鼻を鳴らして。
 それでもおっかなびっくり丁寧に、鞄の中にクローバーをしまいこむ。

「丸井くんだけじゃないよ?部のみんなもすごくラッキーになれるよ?もちろん……幸村くんもね。」
 千石の言葉に。
 丸井は一瞬固まってしまい。
 それから、ぷぅっと風船ガムをふくらませて。

「幸村……絶対大丈夫だよな。」

 低く小さく確認するように尋ねると。
 山吹の部員たちは全員揃って、もう一度深く頷いた。
「ばーか!幸村が復活したら、立海は今以上に無敵だぜ?お前らがピンチになるんだろぃ!」
 丸井がにやにや笑いながら悪態を付いたりしたのは、きっと照れくさかったからで。
「ま、いいや。あんがと。これ、幸村に渡しとく。千石のラッキー拾ってきてやったって。」
 そう言うと、勢いよく立ち上がって。
「じゃあな!」
 振り向きもせず、部室を出て行った。


 丸井が出て行った部室には。
 しばらく雨の音しかしなくて。
 ふぅっと、南が溜息をつく。

 そして。
「大事にしてたクローバーなのに、ごめん!」
 喜多に手を合わせる千石に。
「また探すから良いであります!」
 全く気にしていない様子の喜多に。
「偉いのだ。さすがは俺のパートナーなのだ。」
 ぽふぽふと喜多の頭を撫でる新渡米に。
「千石さんのラッキーで、もう一枚くらい四葉見つかるんじゃないっすかね?」
 無表情なまま、適当な提案をする室町に。
「そうだな〜。雨上がったら、明日にでもみんなで探すか〜。」
 全然千石のラッキーを信じていなさそうな東方に。

 ふぅっと、もう一度南は溜息をついて。
 太一のやつ、亜久津拾って帰って来ないかな、と。
 テニスは楽しいんだぜ?と。
 テニスをやりたくてもできない遠い友人を思いながら、南は地味に空を見上げた。







☆☆15万ヒット記念☆ぷち企画☆☆
   <今回のいただき冒頭文>
「どこでそんなもん拾ってきたんだ?」

どうもありがとうございました!




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