マイペースで行こう!
〜柳沢@立海篇。
<冒頭文企画連動SS>
「ピヨ」
背後で小さな声がして、柳沢は傘ごと振り返った。
「ピヨ」
自分よりやや背の高い少年が、軽く口先を尖らせて笑いかけてくる。その容姿はどこかアヒルじみていて、何だかとても微笑ましい。
「……アヒルさんだ〜ね?」
柳沢は穏やかにそう尋ね、少年の顔を覗き込む。
そこへ。
「柳沢。待たせた。」
「早かったですね。お待たせしてすみません。」
柳と柳生が姿を見せた。
場所は立海大附属の正門前。土砂降りの雨が、彼らの傘を激しく叩く。
「……仁王くん。悪ふざけはやめたまえ。柳沢くんが困るでしょう。」
柳沢の影に隠れるように立っていた少年に気付いて、柳生が諭すように声を掛け。
「ああ!仁王だ〜ね!どこかで見覚えのある顔だと思ったら、仁王だっただ〜ね!」
その声に、柳沢は心から納得した様子で何度も頷いた。
一方、仁王は釈然としない。何度もまばたきをして、自分の唇を軽く触っている。柳生と柳は小さく笑みを含んで顔を見合わせた。
今日の仁王は、張り切って柳沢に変装していたのである。
柳沢が遊びに来るから、と、数日前から練習を重ね、柳沢になりきっていたのである。本人としてはかなり会心の出来のつもりだった。
しかし。
どうも柳沢には全く気付いてもらえなかったらしい。
「こんなところで立ち話もなんだ。柳沢。部室に案内しよう。」
「ありがとうだ〜ね。」
柳に誘われて、柳沢が姿を消すのを確認し、柳生が小さく吹きだした。
「残念でしたね。仁王くん。」
「……ぷり。」
憮然とした表情で応じる仁王。
「しかし、お客様にあんないたずらをするのは感心しません。」
「折角遊びに来てくれたんじゃ。サービスせんと。」
不服そうに言いつのる仁王に苦笑して、柳生はゆっくりと歩き出す。
「では、ワタシも部室に行きます。今日は久し振りの『柳の会』ですからね。」
「俺も柳王とかいう苗字だったら『柳の会』に入れたのに……残念じゃ。」
仁王は口を尖らせて、もう一度「ピヨ」と呟き、小さく地面を蹴った。
早足で部室に向かう柳生の濃紺の傘が、笑いを堪えるように小さく揺れたのが気にくわなかった。
「すごい雨だ〜ね。」
部室に着いて、開口一番、柳沢が言う。
「こんな天気の日に遠くから来てもらって悪かったな。」
「気にしないだ〜ね。『柳の会』のためだったらどこへでも行くだ〜ね。」
勢いよくそう宣言する柳沢に、柳は小さく微笑んだ。
傘を部室の隅に立てかけ、椅子を出して勧める。
整頓された部室には、立海大テニス部の栄光に満ちた歴史が所狭しと詰め込まれているようで、柳沢は目を見開いて辺りをきょろきょろと見回した。
軽いノックの音が響き。
「失敬。仁王くんとしゃべっていました。」
柳生が足音も立てずに姿を現す。
柳は黙って頷いて、視線で椅子を指し示した。
「そういえば、柳。ノムタクが最近会えなくなって寂しいって言ってただ〜ね。」
思い出したように口を開く柳沢。
「野村が?彼は元気か?変わりはないか?」
「相変わらず微妙なキャラだ〜ね。」
くつくつと笑う柳沢に、柳が目を細める。
「そうか。それなら良かった。よろしく伝えてくれ。」
広い部室。屋根を叩く雨の音が響く。
「ところで柳くんと野村くんにはどんな接点が?」
柳生が興味深そうにメガネを光らせた。
「ああ。そのコトだが。彼と俺は『有名モヴの会』で付き合いがあったんだ。俺が先日脱会するまでな。」
「『有名モブの会』とは一体?」
「柳生が知らないのも無理はない。『有名モヴの会』というのは、ずいぶん前から名前が出ているのに、試合場面がないキャラの集いだ。今、幸村が会長、錦織が副会長をやっているよ。」
穏やかに淡々と述べる柳に、柳生は困惑したようにメガネをずり上げた。そのとき。
「……あれ?」
柳沢が小さく驚きの声を上げる。
「どうしました。柳沢くん。」
柳生の問いかけに、柳沢はしばらく口をパクパクさせていたが。
「……柳が二人いるように見えるだ〜ね。」
そう白状した。確かに、部室にはいつの間にか人が増えている。
柳生、柳、柳、柳沢。
全員、「柳の会」のメンバーなのだが。
どう見ても、柳が二人いる。「すまんな。柳沢。立海ではよく起こるコトだ。気にしないでくれ。」
申し訳なさそうに詫びる柳に、柳沢は目をぱちくりさせた。
「立海ではよくあるコトだ〜ね?だったら安心だ〜ね。」
「驚かせて悪かった。」
柔らかな笑みを浮かべ、柳が労う。
「ルドルフでも、淳はときどき増えるだ〜ね。だから慣れているだ〜ね。」
気さくにフォローする柳沢に、柳生は密かに思った。
淳が増えるっていうのは、たぶん、片一方は木更津亮なんじゃないだろうか、と。そこへ。
かちゃりと扉が開き。
「……ああ。今日は『柳の会』か。」
顔を見せた真田が思い出したように呟く。
「どうした。弦一郎。」
「いや、仁王を探していたのだが。ここにはいないようだな。邪魔をした。」
柳沢に軽く会釈をして、真田は扉を閉ざす。
柳と柳と柳生は一瞬顔を見合わせ。
柳生が立ち上がった。
「仁王くんの居場所なら、ワタシに心当たりがあります。真田くんが呼んでいるコトを伝えておきましょう。失敬。少し席を外します。」
真夏の土砂降りである。扉を開くと、むっとするような湿気が部室に流れ込む。
柳生が出て行った後の部室に残された柳と柳と柳沢。
雨の響きがやけに耳に残る。「……やっと二人きりになれたな。柳沢。」
「こういう場合も二人っきりって言うだ〜ね?」
「難しいところだが……今、二人きりである確率、14%。」
「……かなり低いだ〜ね。」
交互にしゃべる柳に、交互に目をやって、それでも二人っきりな気分を一生懸命味わわなくてはと柳沢は頑張っていた。
しかし、好事魔多しとは良く言ったモノで。いや、柳沢にとっては救いの手だったのかもしれないが。
ばんっ!!
勢いよく扉が開いて、切原が飛び込んでくる。
「失礼しますっ!って、うわ。今日は『柳の会』でしたっけ。」
メンバーを見て切原は頭を掻いた。
「真田副部長に仁王先輩探せって言われてて……仁王先輩、見かけませんでしたか?」
柳と柳を交互に見ながら、切原が尋ねれば。
「さっき、柳生が仁王を探しに行っただ〜ね。」
おっとりと柳沢が告げる。
「あ。ああ。そうっすか。じゃあ、えっと……さっき見かけた柳生先輩は、えっと、仁王先輩ってことで……あれ?違うかな。仁王先輩を探しに行った柳生先輩が……えっと。柳先輩で……?えっと。えっと。わ、分かりました。」
あんまり分かっていないのが丸見えな感じで、切原は後ずさり。
「と、とにかく、失礼します!」
来たときと同じくらい勢いよく扉を閉めると、部室を飛び出してゆく。そして再び。
「……あれ?」
柳沢が小さく驚きの声を上げる。
「どうした。柳沢。」
柳の問いかけに、柳沢はしばらく口をパクパクさせていたが。
「……今度は柳が三人いるように見えるだ〜ね。」
そう白状した。確かに、部室にはいつの間にか人が増えている。
柳、柳、柳、柳沢。
全員、「柳の会」のメンバーなのだが。
どう見ても、柳が三人いる。「すまんな。柳沢。これも立海ではよく起こるコトだ。気にしないでくれ。」
申し訳なさそうに詫びる柳に、柳沢は目をぱちくりさせた。
「立海ではよくあるコトだ〜ね?だったら安心だ〜ね。ルドルフではさすがに三人に増えるコトはないだ〜ね。ちょっとびっくりしただ〜ね。」
びっくりしたと言いながらも、それほど驚いた様子もなく、にこにこと三人の柳を見回している柳沢。
「さすがは王者立海だ〜ね!」
窓の外はすっかり夕闇の奥である。「柳沢。今、思い立ったのだが、一つ提案がある。」
一分ほどだろうか。柳と柳と柳と柳沢が、静かに雨の音を聞きながら、今日の「柳の会」の見事なまでの柳濃度の高さを堪能していたとき、柳がのんびりした口調で提案した。
「何だ〜ね?」
楽しい時間というのは経つのが早いモノで。
いつの間にか、辺りはすっかり真っ暗になっていて。
いかに名残惜しくとも、そろそろ解散の時刻である。
誰が言い出したわけでもなく、自然と各々が帰りの支度を始めたころ。
「あれ?まだ誰かいんのか?」
声と共に、ジャッカルが顔を見せた。
「ああ。今日は『柳の会』の日だった。だが、たった今お開きにしたところだ。」
鞄を片手に立ち上がって、柳が静かにそう告げる。
「あ。ああ。そっか。『柳の会』の日か。」
部室の中には。
柳と。
柳と。
柳と。
柳がいて。
「今日はまた、なんていうか、ずいぶんすげぇな。」
一生懸命、穏当なコメントを探し出したジャッカルに、四人の柳が細い目を向ける。
「そうか?」
「俺たちは『柳の会』だ。」
「これくらい、なんということはない。」
「だ〜ね!」
四人の柳が、次々と口を開き。
穏やかに「柳の会」の気高き誇りを確かめ合い。
そして。
「部室の鍵締めは頼んだぞ。ジャッカル。」
部室をジャッカルに任せて、四人の柳は静かに部室を後にした。「俺より小さい柳って……新鮮だな。」
廊下の向こうに消えてゆく四人の柳の姿を見送るジャッカルの独り言は、誰の耳にも届かず。
「……って、そうだ。そうだ。俺はブン太探してたんだった。あのばか、どこ行ったんだか。」
ロッカーの中にもゴミ箱の裏にも丸井が詰まっていないコトを確認し、ジャッカルは部室の戸締まりをして。
窓の外、土砂降りの夜道を並んで歩く、良く似た四つの傘の影に、ジャッカルは小さく吹きだした。誰が誰だったのか気になる方はネタばれ篇をどうぞ。
☆☆15万ヒット記念☆ぷち企画☆☆
<今回のいただき冒頭文>
「ピヨ」
どうもありがとうございました!
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