怪盗泣きぼくろ☆
盗難事件が起こると、捜査の最中にもう一つ、盗難が発生する。
それが最近の氷帝署のパターンであった。
もっとも、その第二の犯罪は、遅くとも翌日には盗品が「発見」されて解決を見ている。
発見者は常に、樺地刑事で。
溝に落ちていた、とか、茂みで見付けた、とか言いながら警察本部に盗品を届ける樺地刑事は、一歩間違えば犯人扱いされても仕方がないような状態であったのだが、同僚が口を揃えて庇うので、今まで事なきを得ていた。
同僚である向日刑事曰く。
「樺地に泥棒させるくらいなら、カエルのへそで茶を沸かす方が簡単だね。」
樺地刑事は人柄がよく、人望が厚い。それは万人の認めるところであった。
しかも盗品からは樺地刑事の証言通り、泥や水草などが検出されるために、いぶかしがられはしながらも、それ以上の追及を受けることもなく今日に至っている。
そして今日も。
盗難事件の現場のすぐ隣で。
高価なティアラがなくなったのであった。
「これは、怪盗泣きぼくろ、だな。」
諦めたように宍戸がつぶやくと、脇で現場の状況をメモしていた鳳も頷いた。
「他にないっすよ。」
場所は都内の大きな宝石店。
昨夜起こった第一の事件が大がかりな犯行であったために、宍戸ら捜査官が大量に派遣されて、現場検証にあたっていた。科学捜査班も数名、同行している。
そんな中で、並み居る刑事たちを馬鹿にするかの如く発生した第二の盗難事件。
宍戸は腹を立てるより先に溜息が止まらなかった。
事件捜査中にたびたび起こる第二の盗難事件。
犯人は内部者であることは間違いなく。
狙いは常に、真の美しさを湛えた第一級の芸術品のみ。いかに値段が安かろうとも、美しいモノならば容赦なく狙われたし、高価な宝石が使われていようとも趣味が悪いモノには決して手を出すことはない。
誰が呼んだか、彼の名は、怪盗泣きぼくろ。
店内はクーラーが効いていて涼しいが、外はうだるような暑さ。
汗をぬぐいながら、宝石店の周囲の検証をすませてきた忍足と向日の両刑事に、冷たい飲み物を渡す気配り刑事樺地。
その後ろ姿を見つめ、鳳は宍戸の溜息が伝染したのを感じた。
「どうや?宍戸。中は何か分かったか?」
「第二の事件の方はともかく、第一の方はおよそアマチュアの計画的犯行ってやつだろうと思う。それなりに証拠が残ってるし。いけそうだ。」
「そうか。良かった。俺たちも素人だろうって踏んでたんだ。犯人。」
などと、のどかに事件について語り合っていると。
科学捜査班の偉い人(だと言われているが、宍戸たちには興味がないのでよく分からない。)が事件現場にふらふらと現れた。
どこか人を小馬鹿にしたような風情で、颯爽と白衣の裾を翻して歩くその姿は、気品すら感じられるが、見方によってはまるきりマッドサイエンティストである。
彼は他の刑事どもには、目もくれず、真っ直ぐに樺地刑事に歩み寄る。そして樺地の巨体を見上げ。
「樺地!お前も来ていたんだな。」
「うす。」
宍戸たちが知っている、その偉い人に関する情報。
1:跡部というらしい。
2:仕事をさせたら、極めて優秀らしい。
3:だが、仕事以外のことにはかなり頭が悪いらしい。
4:なぜかむちゃくちゃ樺地のことを気に入っているらしい。
そして。
跡部は無造作にひっかけた白衣のポケットから、なにやらきらきらしたものを取り出した。
「さっき、現場を歩いていたら道に迷ってな、変な部屋に入っちまったんだが、そこでこんなのを見付けた。」
差し出されたそれは明らかに、第二の盗難事件で失われたティアラであって。
「跡部さん、それ、どうしたんすか?」
「落ちていたからな。拾った。」
真っ正直な語り口からは、悪気も何も感じられない。
それはそうだろう。彼には悪気など、何もないのだから。
「どうだ?樺地。きれいだろう?お前に見せたくて、拾ったんだ。」
「うす。」
樺地は少しも困惑した様子を見せず、跡部の手に収まったティアラをしばらく眺めていたが、すぐに跡部に真っ直ぐ向き直った。
「樺地、こういうのは好きか?」
「うす。」
「きれいだろ?」
「うす。」
跡部の言葉にいちいち丁寧に頷いてから、樺地は臆面もなく言い切った。
「でも、跡部さんの方が、ずっときれいっす。」
跡部が現れてから先、物陰で息を潜めていた宍戸を初めとする一般の刑事たちは、その瞬間、地軸が狂ったかのような激しい目眩を感じた。
比較的常識人の宍戸は、
「昨夜喰った一杯飲み屋の冷や奴にでも、頭をぶつけて死んでおけば良かった。」
と思うほどの衝撃を受け。
かなり宍戸刑事に惚れ込んでいる鳳は、
「宍戸さんのことだ、今の台詞を聞くくらいなら、豆腐の角に頭をぶつけて死んだ方がましだ、と思っているに違いない。」
と考えて、そのあまりの不憫さに涙した。
だが、言われた跡部本人は、何一つ動揺した様子もなく。
「樺地のように目の肥えたやつを喜ばせるのは大変だな。」
と。
とても幸せそうに笑うと、さっきまで大事そうに持っていたティアラを、無造作に後ろに投げ捨てた。
「じゃあな、樺地。仕事、頑張れよ。」
「うす。跡部さんも、お疲れさまっす。」
跡部は優しく樺地を振り返り、そして自分の持ち場に戻ってゆく。
その姿をゆっくりと見送って。
それから樺地は、跡部が投げ捨てたティアラを丁寧に拾いあげた。
「宍戸さん。」
「……あん?」
「盗品を発見しました。部屋の隅に落ちていました。」
「……あ。あ。ああああああ。ご苦労、だったな……。」
確かに樺地は嘘を付いていなかった。
そして、樺地は盗品発見および回収の偉大な功労者であった。
しかし。
何か釈然としないモノを覚えながら、刑事たちは第一の盗難事件の調査を再開した。
他に対処のしようがないのである。
氷帝署の頭痛の種は、当分の間、尽きることがない。
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