マイペースで行こう!
〜葵@青学篇。

<冒頭文企画連動SS>



「越前くん!勝負です!!」
 あまりにも唐突に、来た。そう・・・・

 扉が勢いよく開いたのは、部室に集まった部員たちが解散したばかりのときで。
「越前くん!」
 目をきらきらさせて飛び込んできた少年は、部室に居並ぶ青学の面々にも怖じ気づく様子もなく、元気いっぱいに越前に駆け寄っていった。
「……あんた、誰?」
「ひどい人ですね!!」
 そう言って、葵はやけに爽やかに「あはは!」と声を立てて笑った。
「葵くんだよ。越前。六角の。」
 大石が横からフォローを入れれば。
「……ああ。」
 分かったような分かっていないような、微妙なあいづちが返ってくる。

 その日は土砂降りで。
 いったんは部室に集合した青学テニス部員たちであったが、あまりの雨のひどさに閉口し、大石の提案によって今日の部活はミーティングに変更になっていた。ミーティングもそうそう長くやるものではない。
 三十分もしないうちに手塚が解散を宣言する。
 今日は家の用があるからと欠席届を出していた河村を除いて、レギュラーは全員部室に残っていて。雨の中帰るのめんどうだなぁ、などと思いながら、しゃべったりぼんやりと窓の外を眺めたりして時間をすごしていた。
 ちょうどそのときだったである。
「越前くん!勝負です!!」
 葵の声が響いたのは。
 葵は不二に勧められた椅子に遠慮なく腰掛け、身を乗り出した。
「どうですか?越前くん!」
「……勝負って何するの。」
 鬱陶しそうに、しかし一応は律儀に、越前が葵に尋ねる。
 すると葵はぽん!と手を打って。
「さすがは越前くんです!まずは勝負の中味を聞くとは!冴えているなぁ!すごいプレッシャーだ!面白い!!」
 楽しくて堪らない様子で目を輝かせた。

「分かりました!越前くんの得意科目で勝負しましょう!!」
 いきなり「勝負です!!」とか言ってきた人間を評価するのに正しい表現かどうかは定かではないが、葵の提案自体はなんだかやけにフェアだ。紳士的ですらあるような。
 と桃城は考えた。
 葵のきらきらした期待に満ちた眼差しを避けるように、越前はぶっきらぼうに。
「なら英語で勝負するってコト?」
 と挑発する。だが葵は全く動じない。
「分かりました!!英語ですね!!じゃあ、ボクがビジターですから、先攻で行きます!!」
 もしかして、越前が帰国子女であるコトを葵は知らないのではないか。
 今まで素知らぬふりをして窓の外を眺めていた海堂が、少し心配そうに葵を振り返った。

 そのとき。
 手塚の携帯が鳴って。
 今まで沈黙を守っていた手塚が、すっと携帯を取り上げる。
「……いや、知らない。……全く知らない。……そうか。分かった。」
 淡々と響く低い声。
「大石。お前の携帯番号を跡部に伝えても良いか?」
 通話口を軽く手で押さえながら、手塚は大石を振り返った。大石は当然のコトのように笑顔でそれを了承し、すぐにメモ帳に自分の携帯番号を記して手塚に示す。
「……待たせた。大石の番号で良いな?」
 大石の番号を告げると、手塚は機械的に電話を切る。
 手塚の通話の妨げにならないように、と、静まりかえっていた部室の空気がふっと和らいだ。

「では!俺が先攻で行きます!」
 英語で勝負って、いったい何をするつもりだろう。テストの点数でも競うつもりかな?でも学校ごとに進度もテスト内容も違うし……。どうするんだろう?
 そう考えて、不二は少しだけ開眼してみたが、あんまりわくわくしすぎてもいけないと思い直した。
 葵は大きく息を吸い込む。
 そして。
「This is a pen!!」
 大石のペンを指さして、力一杯叫んだ。そして。
「……どうです!越前くん!」
 大きな仕事をなしおえたかのような、満足げな表情で越前にほほえみかける葵。
 一方。
 越前は机に突っ伏していた。
「桃先輩。交代してくれませんか?」
「ばーか。お前の受けた勝負だろうが!」
 桃城はからから笑って取り合わなかったが。
 そのとき、大石は気付いてしまう。越前の目に涙が浮かんでいるというコトに。
「どうした?越前。」
 そう尋ねた瞬間。
 大石の携帯が震えだした。

「……え?向日?ああ、久し振り……え?うん。ごめん。そうか。……いや。うん。俺もあんまり……携帯だろ?家の番号なら分かるんだけど。……南とかなら知っているかもしれないと思うよ。……うん。ああ、分かった。メモの準備は良い?」
 再び部室は静まりかえる。大石は少し恥ずかしそうに、部室を見回して誰にともなく頭を下げた。
 そして、通話は終了し。
「手塚は跡部に俺の番号教えたんだよな?」
 大石の問いに、手塚は無言で頷いて。
「……じゃあなんで向日から電話が掛かってきたんだろうな。」
 大石は一人小首をかしげる。
「何の用だったんだ?」
 乾の声。
 海堂が五センチほど窓を開けると、涼気とともに土砂降りの雨音が部室を襲う。
「六角の誰かの携帯番号を知らないかって聞かれたんだ。」
 自分の携帯に記録した南の番号を確認しながら、大石が答える。その言葉に桃城は葵に目をやりながら軽く首をかしげたが、不二が機嫌良くにこにこしているので、それ以上は何もリアクションしないコトにした。

 そんな心理戦などお構いなしで、葵と越前の対決は続いている。
 葵の熱い眼差しに、ためらうように視線を泳がせる越前。その大きな瞳にはもう涙こそ浮かんでいないものの、不安と困惑の色が満ちていた。
「……ねぇ、英語で勝負するのは止めない?やっぱりハンデが大きすぎるよ。」
 ずいぶん考えたあげくの結論、といった調子で越前が提案する。
「ほかの勝負に変えるの?!面白い!!良いよ!」
「……日本語で勝負しよ。」
「日本語?!望むところだ!!」
 容赦なく相手をたたきつぶすのが信条の越前にしては珍しくフェアな提案だな、と海堂は感心した。日本語だったら、両者にとっての母語。もしかしたら越前に不利なくらいかもしれない。
 青学先輩軍団は静かにルーキー二人の対決を見守っている。
 越前は受けて立った葵ににやりと笑った。
「じゃあ、日本語勝負ね。ただし……初級限定。良い?」
「初級限定?!」
 目を輝かせて聞き返す葵。しかし越前は説明をする意志はないらしく、そのままうなずいて。
「今度は俺の番だったよね。」
 勝負の再開を宣言する。
 どうでも良いけど、英語とか日本語で勝負って、どっちがどうなると勝ちだったり負けだったりするんだろう。
 大石はのんびりとそんな疑問を心に抱きながら、元気な中一二人を見つめていた。
 すっと卓上の鉛筆を指さして、越前が低く言う。
「……あれは鉛筆です。……Your turn.」
 きょとん、とする葵。小さく笑って不二が助け船を出した。
「葵くんの番だよ、って。」
「なるほど!そういうコトか!面白い!!」
 窓の外は土砂降り。
 なんでこの二人、対決してるんだろう。ってか、葵くんはおちびとこんなゲームをやるために、わざわざ千葉から来たのかなぁ。
 と、菊丸はぼんやりと考えながら、椅子の上で大きく伸びをした。

「初めまして!」(葵)
「初めまして。」(越前)
「私は、葵剣太郎です!!どうぞ、よろしく!!」(葵)
「私は、越前リョーマです。こちらこそ、よろしく。」(越前)
「私は、あなたが、好きです!」(葵)
「……ありがとうございます。」(越前)
「どういたしまして!あなたは、私が、好きですか?」(葵)
「………………………………はい。」(越前)
「ありがとう!私は、今、とても、幸せです!あなたは、どうですか?」(葵)
「…………私も、今、とても、幸せです。」(越前)

 なんだかかなりイレギュラーではあったが、初級日本語的な会話が続く。
 そのたどたどしい響きを聞きながら、大石はふと思った。
 もしかして、帰国子女の越前にとって、初級英語のテキストとかリスニング教材って、かなり心理的ダメージを食らう代物だったんじゃないだろうか、と。
 さっきの越前の涙は、そんな孤独な悲しみを一人で耐えている者の涙だったのではないか、と。
 そういう意味では「ハンデが大きすぎる」というのは、越前にとって不利すぎるという意味だったのかもしれない。初級日本語だったら、どっちにももどかしいダメージがつきまとうコトになるだろう。
 もしも、葵が、そこで心理的ダメージを食らうような人間であれば、だが。

 そのとき、葵が唐突に立ち上がった。
 ポケットから突然折り紙を取り出すと、三枚抜き取って、くるくるとまるめ、その紙をぴしっと指さし。
「これらは赤巻紙、青巻紙、黄巻紙です!!」
 なめらかにはっきりと言い切った。
 越前の眉がぴくりと動く。
 そして。
 そこから熾烈な戦いの火ぶたが斬って落とされた。

「これは、何ですか?」(越前)
「これは、赤巻紙です!!」(葵)
「あれは、赤巻紙ですか?」(越前)
「いいえ、あれは、赤巻紙では、ありません!あれは、青巻紙です!!」(葵)
「あれは、黄巻紙ですか?」(越前)
「いいえ、黄巻紙では、ありません!あれは、赤巻紙です!!」(葵)
「となりの、竹垣に、竹、立てかけたのは、なぜですか?」(越前)
「となりの、竹垣に、竹、立てかけたのは、竹、立てかけたかったからです!!」(葵)
「となりの、カキは、よく、客食うカキですか?」(越前)
「いいえ、となりのカキは、よく、客食うカキでは、ありません!!となりの、カキは、竹、立てかけたかったカキです!!」(葵)
「となりの、客は、東京都特許許可局で、働いていますか?」(越前)
「いいえ、東京都には、特許許可局は、ありません!!」(葵)
「え?本当ですか?」(越前)
「本当です!!」(葵)

 丁々発止の対話が途切れる。
 ふぅっと越前は息をついた。
「あんた、結構やるじゃん。」
「越前くんもさすがです!!」
 越前にしてはずいぶんと素直に相手を褒めたものだ、と乾は感心しつつも、これってただの早口言葉争いなんじゃないだろうか、と少し疑問に思った。

 ちょうどそのとき。
 桃城の携帯が軽やかなメロディを奏でだす。
「おっとすみません。」
 小さく詫びながら、通話ボタンを押す桃城。
「……あ、お久しぶりです。……もちろん覚えてますよ。だって、忍足さんと俺、試合やったじゃないっすか。……はぁ神尾が?……えっと、知らないっすね。すみません。」
 そこで、桃城はちらりと葵を見てから、乾に視線を送った。
「じゃあ、青学で一番の情報通の携帯番号、教えるっすよ。」
 その瞬間、乾の眼鏡がきらりと光ったのはただの偶然ではあるまい。
 乾の番号を告げると、桃城は相手が切ったのを確認してから自分の携帯を切った。
「忍足さんも六角の人の携帯番号を探しているみたいでした。氷帝は今日は何やってんでしょうね?」
「跡部と向日だけじゃなく忍足もか。情報収集術の特殊訓練でもやっているのかな?」
 つぶやきながら、乾は制服のポケットから携帯電話を取り出した。
 すぐに、乾の携帯が震え出す。
「……もしもし。……ああ、芥川か。」
 てっきり忍足からの電話だと思っていた一同はびっくりして顔を見合わせる。
 氷帝ではいったい何が起こっているんだろう……?
「……すまないが俺は知らない。……六角のヤツの携帯番号を知っていそうなヤツの携帯番号か?……そうだな。ではルドルフの観月の番号を教えよう。ルドルフの木更津は六角出身だからな。知っている可能性87パーセント。」
 そして乾は観月の番号を空でよどみなく告げた。
「ああ。またな。」
 乾の携帯がぴっという軽い電子音とともに切られると、部室には沈黙が溢れた。
「残念だなぁ、ボクには誰も電話くれないのかなぁ。」
 実はひそかに佐伯の連絡先を知っている不二が、にこにこと残念がる。
 その陰で乾が「俺、超うれC!」「乾、超かっこE!」と謎の言語をノートに書き留めているのを、窓辺に立っていた海堂は見てしまったが、何も見なかったコトにしよう、と心を閉ざす方針を固めて窓の外に目をやった。
 土砂降りの空はもう暗く、夜のような色によどんでいた。

「続き、あんたからやりなよ。」
 さっきまでの困惑した表情はどこへやら。越前は勝負に夢中なときの不敵に楽しそうな顔つきで葵に続きを促す。二人とも携帯通話中は勝負を中断しているが、実際は勝負に夢中で携帯の内容になど全く興味がないらしい。
「はい!では行きます!」
 大石はルーキー二人の元気な声を聞きながら、いったいどうなったら勝負がつくのかなぁ、とさっきから気になっている事実を改めて気に懸けてみた。

 そのとき。
「あ!ごめん!越前くん!ちょっと待って!!」
 葵が慌てたようにポケットに手を突っ込んだ。
「もしもし?」
 取り出したのは。
 携帯電話で。

「あ。バネさん?うん。……ボクね、今、青学の部室にいるの!どう?すごいでしょ!!……え?樹ちゃんのお母さんのケーキ?!……嘘!なんで!ひどいよ!!ボクの分残しておいてよ!!……ダメ!絶対食べちゃダメ!部長命令!ボクの分、食べたら校庭百周!!ボクは部長で、バネさんはただの部員なんだからね!!……分かった!うん。すぐ帰るから!だからそれ食べないで!!ボクのだよ!!……うん!うん!じゃあね!!すぐ帰るからね!!ホント、食べちゃダメだからね!!バイバイ!」

 通話を切った葵の横顔を眺めながら、大石は小さく呟いた。
「……葵くん……携帯持ってたんだ……。」
 その声を聴いてはたと気付いた様子で、手塚も呟いた。
「そうか。葵は六角の生徒か。」
 海堂は軽く額を抑え、菊丸は椅子の上でじたばたし、桃城と乾と不二は優しく微笑んで。
 越前だけは憮然とした表情で、葵を見つめていた。

 そんな青学側の気配に気付いてか、気付かずにか。
 六角の一年生部長はにこにこと上機嫌に。
「ごめん!越前くん!!ボク、急いで帰らないといけないコトになったんだ!!決着はいつか公式戦のテニスコートでね!!」
 そう言い放って、ばたばたと身支度を調え始めた。頬をふくらませたまま、越前が不服そうに尋ねる。
「……公式戦でボール打ちながら早口言葉対決するの?」
「あはは!それも良いね!越前くんさすが!面白い!!」
 にこっと爽やかな笑みを浮かべ、葵は一同にぺこりと頭を下げた。
「お邪魔しました!!」
 そして、嵐のように、という形容がぴったりな勢いで、葵は部室を飛び出していく。
 取り残された青学部員たちは。
 その元気な背中を見送るしかできなくて。
 特に負けず嫌いで勝負好きの越前は。
 三枚の折り紙を片手に、いつまでも葵の居なくなった扉を睨み付けていて。

「何しに来たんだろうね。葵くん。」
 不二がそっと開眼しながら小さく尋ねると。
「氷帝も六角もすんげぇ変な学校だよな!!」
 鼻息も荒く菊丸が切り捨てて。
「こんな面白いコトがあるんだったら、タカさんも来てれば良かったんすけどねぇ。」
 心から残念そうに、桃城が笑った。

 そして。
「葵……!」
 あまりにも唐突に来て、あまりにも唐突に帰っていった葵の置き土産。
 三枚の折り紙は。
 その晩。
「カルピン!勝負だ!!あかまきがき、あおまきまき、きがきまみ!」
「ほぁらぁ!!」
 カルピンのおもちゃとして、越前家で爆発的に大ブレイクしたのであった。







☆☆15万ヒット記念☆ぷち企画☆☆
   <今回のいただき冒頭文>
「越前くん!勝負です!!」
 あまりにも唐突に、来た。そう・・・・

どうもありがとうございました!




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