参観日〜山吹篇。
<冒頭文企画連動SS>



「南のバカ!!!」

 俺の声に教室のみんなが振り返る。
 お昼休みに俺と南がじゃれているのなんて、いつものコトだし、俺が南に文句たれるのだって珍しいコトじゃない。
 だけど、今、俺、結構マジな声出しちゃったから。
 みんな、ちょっとびっくりしたようにこっちを振り向いた。
 そして、みんな、もっとびっくりした様子で固まった。
 ん?
 なんか、おかしい?

「何やってんだ?千石?」
 「おっとり」と「びっくり」を足して2で割ろうとして割り切れなくて困ったなぁ、みたいな顔して、東方が訊ねる。
 え?え?何やってるって……。
「南とけんかする練習?ってか、予行演習?」
「……予行演習??」
 月曜のお昼休みの教室に、いきなりくすくす笑いが広がった。
 何?何?今、東方、そんなに面白いコト言った??

「壁相手に、南にけんか売る練習してたのか?お前?」
「うん!東方も一緒にやる?」
「いや……遠慮しとく……。」
 頬を軽く掻きながら断る東方。なんでそんな遠慮深いかな。
 教室の連中は、俺たちの話題に飽きたらしくて、それぞれ自分のおしゃべりに戻った。小さく笑って困ってる東方。

「南のバカ!!!バカバカバカ!!……こんな感じ?」
「こんな感じも何も……なんで南とけんかしなきゃいけないんだ?」
 四月末の窓は明るく空を映す。もう中三だから、クラスメイトもほとんど完璧に覚えているし、他のクラスの連中だって、結構分かる。まとまりなくざわざわしている感じでさえ、なんだかとても優しくて、学校の空気って俺、本当に大好き。俺、山吹中の生徒でラッキーだな〜。

「今週の土曜に授業参観あるじゃない?」
 クラスを見回して幸せを満喫した俺は、東方を見上げる。俺が返事もせずにきょろきょろしている間、じっと黙って俺のリアクションを待っている東方は、地味だけど良いやつだと思う。とか言うと、東方のやつ、照れて「地味とか言うな!」って怒るんだけどね。照れ屋さんだな!東方!
「授業参観がどうした?」
「うん。俺、いつも南に世話になってるからさ、授業参観の日に恩返ししたいと思ったのね。」
「恩返し?」
 東方が目をぱちくりさせる。
 よく考えてみると「ぱちくり」ってよく分からない言葉だよね!!「ぱち」は何となく分かるよ?「ぱち」だもん!でもさ、「くり」が分からない!!「くり」って何だ?後で伴爺に聞いておこう。うん。

「南って地味じゃない?だから、南のお母さん、南がどこにいるか、分からないと思うんだよね。だから、俺がいろいろ南に声を掛けて、『南くんはここにいますよ〜!』ってさりげなく教えて上げようと思ったわけ。で、普通に声かけるだけじゃ芸がないから、挨拶したり、けんか売ったり、いろんなパターンを練習してたの。」
 いやぁ、我ながら立派だなぁ。クレバー千石くん!!戦略家ですよ。策士ですよ。きっとルドルフの観月くんもびっくりだね!!
 ってか、よく考えると「びっくり」もよく分からない言葉だよね!!「びっ」は何となく分かるよ?「びっ」だもん!でもさ、「くり」が分からない!!「くり」って何だ?後で伴爺に聞いておこう。うん。

 そんな深い哲学の道に迷う俺の頭に、東方の大きな手のひらがぽふっと降りてくる。
「お母さんをなめるんじゃない。自分の子供くらい、見つけられるに決まってるだろ?」
 むぅ。東方くんは分かってないよ!分かってない!
 俺はぷぅっと頬をふくらませて。
「そんなことない!南がそうやすやすと見つかるもんか!南の地味さをなめるんじゃない!」
 と言い返してやった。東方くん、ちょっと言葉につまったね。さすがは俺。理論武装なら任せてよ!

「俺ね、小さいころ、母ちゃんによく『清純はすぐいなくなるんだから!』って怒られたんだけどさ。俺、いつだって『いた』わけよ?いなくなってなんかいないわけよ?俺でさえ、母ちゃんは見失うわけ。まして南くんを見失わないはずないっしょ!」
 俺は鼻息も荒く主張した。
 しばらく黙って俺をじっと見ていた東方は溜息ついて、俺の髪をぐしゃぐしゃに混ぜる。
「とりあえず、けんか売るのは止めておけ。参観日にけんかなんかしたら、伴爺に怒られるからな。」
 む。それはそうかも。テニス部の部長(地味)と、エース(素敵)がけんかしたなんて、ちょっとかっこわるいもんね。
 俺はクレバーなので、東方の忠告を受け入れることにした。南くんを目立たせる作戦は、他のやり方にしよう。うん。

 そのとき。
 俺の決意を後押しするように、ばーん!という派手な音が響いた。
 振り向けば、勢いよくドアを開けて、亜久津くんが立っている。

「おい。千石。」
「は〜い!」
 俺は亜久津くんのコト怖くないから、普通に手を振ってみたんだけど、クラスの子たち結構びびってるな。やっぱり亜久津くん、怖いのかな。
 そうだよな〜。この前、ウサギ小屋のウサギが一匹いなくなったときとか、すんげぇ形相で探し回ってたし。中一相手に「てめぇら、ウサ太郎を踏んだりしたら承知しねぇぞ!」とか脅して歩いていたもんな〜。あんときは怖かったねぇ。マジで。
 なんて。
 のほほんと思っているうちに、亜久津くんはずかずかと教室に上がり込んで。
「南、見なかったか?」
 ドスの利いた声で、俺を見下ろしてくる。すごい髪の毛〜。

「南?昼休みになってからは見てないよ?」
「んだよ。さっき、てめぇ、南のコト呼んでなかったか?」
「あ。あれね!あれは、南くんとけんかする練習してたの!亜久津もやる?」
 そういえば、この前、鶏小屋からニワトリが逃げ出したとき、三羽の雌鳥を小脇に抱えて鶏小屋にぶち込みにいく亜久津くん見たけど、あんときも怖かったなぁ。なんで飼育委員やらないんだろって思ったよ。マジで。

「南に何か用なのか?」
 東方がのんびりと訊ねる。キッと視線を上げる亜久津。
「参観日のお知らせあっただろうが。」
「ああ。うん。あのプリント、先週の金曜に部室に忘れてっただろ。亜久津。」
「……あれを、南のばかがうちに郵送してきやがった。しかも速達で。」
「ああ。日曜だと普通の手紙、届かないからな。」
 なんか東方って異様に平和だよなぁ。亜久津がこんなに「けんか上等☆」ってな感じでがんがん睨み付けてるってのに、全然動じないや。
 ってか。
 亜久津くん、怒ってない?
 南が勝手に参観日のお知らせ、家に送りつけたから怒ってない?
 優紀ちゃんとかに来られたくなかったのかなぁ。
 いいじゃんね。優紀ちゃん、可愛いんだし。

「んで、南探してるわけ?」
「落とし前付けに来ただけだ。」
 うわあ。
 やっぱり怒ってる?亜久津くん。

 亜久津の低い声に、教室は声を潜めた。それが気に入らないのか、亜久津は教室中を舐めるように睨み回す。
 そこへ。
 かたり、と扉を開いて。
 天下一品にタイミング悪く、南くん、ご帰還。
 クラス中が、はらはらしながら南と亜久津を見比べている。
 そんなときですら、地味オーラ漂わせている南くんに乾杯。

「……南。」
 ポケットに手を突っ込んだまま、亜久津がずかずかと南に詰め寄った。
「てめぇ、余計なコトしやがって。」
 ドア付近でしゃべってた女子が少し後ずさりながら、不安そうに南を見ている。
 心配されてるじゃん!もてるじゃん!南!いよ!色男!世界一地味な色男!
 ってか、世界一地味な色男って何色の男なんだろうな〜!

「ん?」
 南も地味に対応する。あんまりびびってないな。
 ってか、やっぱりリアクションが天下一品に地味なのな。南。
 こんなときでもその地味さを貫く南くんに乾杯。
 でも、亜久津くん、怒ってるっぽいんですけど。
 大丈夫〜??

 教室は、しんと静まりかえっている。
 亜久津の足音が、南の前でカツリと止まる。
「どうした?」
「ふん。」
 さっきの女子が、更に数歩、後ずさった。
 南をギッと睨み付けていた亜久津は、ポケットから手を出し、拳を南の額に向けて突きだして。
「これでも喰らえ!」
「ん?」
 手をさしのべて、亜久津の「これ」を喰らう南。
 きゃあ。南くん!!逃げて!!
 と、俺は心の中で、さっきの女子の気持ちを代弁してみた。俺って優しい。

「切手……?」
 ……切手???
 南は亜久津から切手を受け取ったらしい。
 切手?え?え?切手?
「ああ。参観日のお知らせの……。良いのに、気にしなくても。」
 って、そうか。先週金曜に、南、亜久津宛の速達出したんだっけ。その郵送代が落とし前なわけ……?
「ふん。」
 亜久津は不機嫌に鼻を鳴らすと、南とすれ違うようにしてずかずかと教室から出て行こうとする。
 ふぅ。何だよ、心配して損しちゃったじゃないか。
 これで平和に解決。めでたし。めでたし。
 と思ったら。
「待て!亜久津!!」
 南ってば、わざわざ亜久津くんを呼び止めるし。
 こいつ、亜久津がどんなに怖いか知らないんだ。捨てられてる仔猫抱えて家に帰る亜久津がどんなに怖い顔してるか、見たことないんだ。
 そりゃ、もう、わくわくしちゃって三日は眠れないほど怖いんだぞ!

「おい。これ、多いぞ?400円もあるぞ?速達は350円だって。」
「うるせぇ!うちには80円切手しかねぇんだ!!文句あっか!!ああ?」
 振り返り、ドスの利いた低い声を出す亜久津。
 うわあん。怖いよぅ。80円切手を語る亜久津って、怖いよぅ。

「待て。待て。俺、50円切手持ってるから。」
 南くん。
 そこで、ポケットから財布を取り出しました。
 そして。
「ほら。50円のお釣り。これでぴったりだな。」
 平然と、財布から50円切手を取り出すと、亜久津くんにぽいっと投げるように渡しました。
 いやん。ありえないよ。南!!
 財布から50円切手取り出す地味な中三ってありえない。

 たぶん、亜久津もそう思ったんだろうと思うんだけど。
 南を睨み付けたまま、しばらく静止して。
 それから。
「最高じゃねぇの!」
 と、脈絡もなく言い放つと、教室を出て行ったのでした。めでたしめでたし。

 ああ。もう。地味に訳分からないやつだな!南!
「南のバカ!!!」
 俺が突撃をかけると、財布をしまいかけていた南は、びっくりした様子で俺を振り返り。
 そのまま、あっさり避けやがりました。
 俺、動体視力と運動神経をフル稼働して、転ばずにはすんだけど。
 いや。もう。
 なんていうか。もう。
 南のバカ!!!







☆☆15万ヒット記念☆ぷち企画☆☆
   <今回のいただき冒頭文>
「南のバカ!!!」

どうもありがとうございました!




ブラウザの戻るでお戻り下さい。