はじめての日(姫乃&ツキタケ)
うろこ物語第八話。





 友達から借りてきた漫画をめくる。
 バトルシーンはざくざく飛ばし読みして、台詞が多いところは少しだけゆっくり読んで。
 半分を過ぎたあたり。
 主人公と敵ボスの因縁が語られて、盛り上がってくるころ。
 物語にのめりこみながらページを繰ろうとした姫乃の耳元で、「あ!」と小さな声がした。
 振り返れば、肩越しに漫画を覗き込んでいたらしいツキタケが、しまったといわんばかりの表情で目をそらしている。
 きっとまだ台詞を読んでいる途中だったにちがいない。
 勝手に覗き込んでいたのが照れくさいのだろう。決まり悪そうな横顔が少し赤い。
「ご、ごめん。」
 もう一度、さっきのページに戻れば、ためらいつつ覗き込むツキタケ。
「……読んだ。」
 いつも以上に無愛想にぼそりと呟く。
 照れくさいのは分かるが、だからといって、あとで貸してあげるよ、というわけにもいかない。
 ツキタケにはページをめくることができないのだから。
「読み終わったら言ってね。」
「……ん。」
 次のページも台詞が多い。
 姫乃は早く続きを読みたい気持ちを抑え、ゆっくりと行を追う。もちろん、ゆっくり読めばゆっくり読んだだけ、発見があるのだ。コマの端のキャラの表情とか、伏線っぽい言い回しとか、それを味わうのもなかなか悪くはない。
「読んだ。」
「じゃ、次ね。」
 ぺらり、とめくるページ。ゆっくり流れる時間。
 いつもガクにべったりで、明神やエージには突っかかってばかりのツキタケと、こんな時間を過ごすのは今日がはじめてだった。
「三コマめ。」
「ん?」
「漢字。」
「あ。読み方?えっとね、この字は『うろこ』だよ。」
 今まで何度も出てきた文字だった。ツキタケは読めないままで、何となく読み過ごしてきたのだろう。
「うろこ……。」
「うん。うろこ。」
 振り返れば、微妙な表情のツキタケと目が合った。
 鱗、といえば、うたかた荘の面々が思い出すフレーズは、一つしかない。
「……。」
「……。」
 だが、ツキタケも姫乃も、せっかく生まれた温かい空気を守りたかった。
 今はそのフレーズは口にしないでいよう、二人はそれぞれ心の中でそう誓う。
「次のページ、行っていい?」
「あ、もう少し。」
 今日ははじめてツキタケが甘えてくれた日。
 明日もきっと漫画を借りてこよう。
 借りてきて、また、ツキタケと読もう。
 姫乃は、ツキタケが読み終わるのを待ちながら、気取られないように小さく微笑んだ。








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