「出たな!女子高生め!」
エージが笑いながらバットを構える。
「おはよう。エージくん!」
うたかた荘の朝は慌しい。
もちろん、慌しいのは姫乃ばかりだけど。
明神が新聞を眺めている横を、ばたばたと駆け抜ける姫乃。
「おはよう。ヒメノン。」
「おはよう。明神さん!」
朝ごはんには食パンを一枚。それから牛乳。
「そんなとこでバット振り回してたら危ないよ。」
しゃべるのと食べるのと。
姫乃のとろさでもそれくらいは同時にできる。
「危ないって何が。」
振り返りもせずにエージ。
どうせ壁にぶつかるものでもない。
姫乃など触れることもできない。
「だって昨日ガクさんが。」
「ガクが?」
もぐもぐ、とパンをほおばって、飲み込んで。
「何だってんだよ。」
牛乳をこくりと飲んで、姫乃はぷはっと息を吐く。
「その辺にコンタクトレンズ落としたって。」
「何っ?!」
生きていたときの癖というのは、反射的に出るもので。
慌ててその場から飛びのいてから、エージは自分が死んでいることを思い出す。
「っていうか、ガク、コンタクトなんて入れてないだろ。」
「生きているうちに一度コンタクト落としてみたかったんだって。事情が事情だしさ。それくらい、付き合ってあげようよ。」
当たり前のように姫乃がそう無責任な提案をして。
「わ!遅刻!」
かばんを抱えて走り出す。
そんな姫乃の背を見送りながら。
いったい、事情が事情ってなんだ、と。
なんでそんな芝居に付き合ってやらなきゃいかんのだ、と。
というか、コンタクトを落としてみたかったってどういうことだ、と。
目から鱗が落ちるネタはどこへ行ったんだ、と。
いろいろ、突っ込みたい気もしたが、突っ込んでも仕方がない気もする。
エージはそんな雑念を振り払い、今朝も元気に素振りに励むことに決めた。