大好き!(オールキャラ)





 スーパーの入り口に掲示板がある。
 それは、スーパーの広告ではなく、地域の人たちのお知らせを張り出すためのものであり、「家庭教師やります」だの「ピアノ売ります」だの「ガレージセールのお知らせ」だの「××幼稚園園児募集」だの、色も大きさもまちまちの掲示が並ぶ。
 現役で警察官をやっていたころは、不審な張り紙がないかなどと、目を光らせていたものだが、引退した今となっては、スーパーの張り紙を眺めるのはなかなか気楽で安上がりな暇つぶしである。
 一度くらい、自分も張り紙を貼ってみたいものだと思うが、特に知らせるべきこともない。
 いっそ、うたかた荘の住人募集のお知らせでも貼ってやろうか。
 そんなのんきなことを考えながら、十味はいつものように掲示板に目をやった。
 そうそう入れ替わりの激しいものではないので、たいがいのお知らせには見覚えがあった。
 目新しいものといえば……。
 隅の方に遠慮がちに貼られた一枚の張り紙に目を留める。
 レポート用紙に手書きされたそれを前に、十味はしばらく凍り付き、それから笑いをこらえるのに必死になった。

ざしきわらし 貸します
  1日100円
  きっといことあります
  090−××××−××××(桶川)


 桶川というのは、確か、あのお嬢ちゃんの名字だったはずだ。
 座敷童を貸すなど、それこそ奇妙な話だが、一日百円というのもまた面白い。
 十味はうたかた荘へとその足で向かった。
 土曜の夕方である。
 案の定、姫乃はうたかた荘にいた。
「お嬢ちゃん、座敷童を貸してくれるそうじゃないか。」
 十味の単刀直入な言葉に、姫乃は狼狽したが、すぐにまっすぐな目で十味を見た。
「はい。」
 素直な良い子だ。
 十味は覚えず微笑んで。
「わしも借りられるかね?」
 尋ねれば姫乃は頷いた。
「あの……一日百円ですが、いいですか。」
 金が要るんだな。
 たぶん、お嬢ちゃんじゃなくて、他の誰かが。
「構わんよ。」
 財布を取り出すと、姫乃はわたわたと辺りを見回した。
 廊下の向こうから、玄関を伺う気配がある。
「後払いでいいです……!」
「そうかい。」
 廊下の向こうの気配が増えた。
 姫乃が廊下の奥を振り返る。
 それから、おずおずとこう切り出した。
「3コースあるんですが、どれがいいですか。」

「さてどれを選ぼうか。」
<第一回選択肢>
バッター☆コース(33票)

マフラー☆コース(49票)

ブタさん☆コース(40票)



「じゃあ、このマフラー☆コースというのを。」
 コースの名前の付け方があまりにもまとまりがなくばらばらで、笑ってしまいそうになりながら、十味は真ん中のコースを指さした。
「マフラー☆コースですね!」
 姫乃はきまじめに頷くと、一度、廊下の奥に引っ込んだ。
 なにやらごそごそと話し合う声がして、すぐに姫乃と共にツキタケが顔を出す。
 よくよく顔を知った陽魂の登場に、十味は、今までこらえていた笑みがこらえきれなくなる。
「何だよ。」
 むっとしたようにツキタケが睨んだ。
 すまんすまんと小声で謝りながら、十味は姫乃に礼を言って、うたかた荘を後にする。
「明神さんには秘密にしてくださいね!」
 姫乃の声が追いかけてくる。
 ツキタケの歩く速さにあわせて、ゆっくりと家に向かう。
 真冬の夕はあっという間に暮れてゆく。
「何であんたが来るんだよ。」
 ぼそりとツキタケが文句を言う。
 よりにもよって、見える人、しかも知り合いが来るとは思ってもいなかったのだろう。
「スーパーで張り紙を見たからな。」
 ここで笑ってしまっては機嫌を損ねるに違いない。
 十味は懸命に笑いを耐えながら、自宅の扉を開いた。
「金が要るのか?」
 必要なら貸してやっても構わない。
 危険なことに手を染められるくらいなら、小遣いをくれてやった方がいい。
 何しろこの子は、普通ならまだまだお小遣いをもらって、面白楽しく生きているべき年齢なのだ。
 だが、ツキタケは憮然とした表情のまま、首を横に振った。
「自分で稼ぐからいい。」
 稼ぐも何も、一日百円で、座敷童になるのでは、三人フル稼働でも一日三百円。
 文字通り、雀の涙だ。
 しかも、座敷童を借りてくれる人など、どれくらいいるものか。
 しかし、十味のそんな心配を余所に、お雇い座敷童はよく働いた。
「お風呂、あふれてる!」
 お湯をためている途中で、すっかり忘れていた風呂の様子を思い出させてくれたり。
「何か焦げてない?」
 焼き魚がまる焦げになる前に、気づいてくれたり。
「おいら、オリオン座だったら知ってる。」
 何でもない会話を交わしたり。
 座敷童がいると幸せになる、というのは、本来、家が栄えるという話であったはずで、こんな瑣末な幸せをくれるのではないはずなのだけれども。
「一日百円じゃ、割が合わないな。」
 十味が苦笑すると、ツキタケは慌てた。
「百円、くれないの?」
「いや、百円じゃ足りないだろうという話だ。」
 目を丸くする。
「おいら、何もやってないよ。」
 夕食を食べおえると、八時近かった。
 十味は時計を見上げて、しばらく考えていたが。
「ちょっと出かけるぞ。」
 ツキタケを誘って商店街へと向かう。
 夜になると身を切るような風が吹く。
 入ったことのないレンタルビデオ屋であったが、記憶の通りの場所に、それは確かに建っていた。
「好きなものを借りていいぞ。」
 十味の言葉に、ツキタケはもう一度目を丸くする。
 一日百円の払いは別として、もう少し何かしてやりたかった。
 ビデオを借りるなど、簡単で安上がりなことだけれど、うたかた荘ではこんなこともあまりするまい。
 たまには、甘やかしてもいいだろう。
 十味に何度も促されて、ツキタケはきょろきょろと周囲のビデオを見回し始めた。
「これとか……これも好き。……こっちも見てみたいけど……どれでもいいや。」
 三つほど指さしつつ、遠慮なのか、照れなのか、そっぽを向いてしまったツキタケ。

「さて、どれを借りてやるとするか。」
<第二回選択肢>
明神と一度一緒に見たらしい「となりのトトロ」(21票)

少しすさんだブタさんの出てくる「紅の豚」(6票)

ガクに見習わせたい大人の恋「カリオストロの城」(26票)




 「カリオストロの城」を借り出して家に戻る。
 パッケージの表示に拠れば、見終わるまでに二時間程度かかるらしいが、まだ九時前であるし、明日早起きしなくてはならないわけでもない。今から見せてやっても、差し支えはないだろう。
 まるで孫にでも見せてやるような気分で、十味はビデオをセットする。
 ツキタケは素直にテレビの前にちょこんと座って、映画が始まるのを待っていた。
 おそらく多くの子供たちはルパンに肩入れして、固唾を呑んで見守るのだろうが、ご多分に漏れず、ツキタケも熱心にルパンをひいきしているようであった。
 十味としては、退職したとはいえ職業柄、泥棒を賛美するような気分にはなれないし、銭形のひたむきな正義感と報われぬ不憫さには、うっかり涙ぐみたくもなるのだが、確かにルパンの快刀乱麻の活躍は掛け値なく面白い。
 見始めて一時間ばかり経った頃だろうか。
 十時を過ぎたあたりで、壁の中からとぷりと見慣れた男が姿を現した。
「こんなところにいたのか、ツキタケ。」
 食い入るようにテレビを見ていたツキタケは、急に名を呼ばれてびっくりしたように男を見上げた。
「兄貴!」
 一度、ビデオを停止してやる。
 これができるのがビデオの便利なところだ。テレビではこうはいかない。
「援助交際、か?」
 大きく首をかしげるガクに、ツキタケがぶんぶんと首を横に振る。
「援助交際じゃないっすよ!」
 ある意味、援助交際には違いなかったが、話がややこしくなるといけないので、十味は黙っていることにした。
「なら、なぜ、こっそりいなくなった?」
 なるほど、ガクはツキタケの姿が見えなくて、心配して探しに来たというわけか。
 それは悪いことをしたな、と十味は思う。
 小さな弟分が夜になっても戻ってこなければ、心配になるのは当然だ。
 あのお嬢ちゃんは明神に秘密にしろと言っていたが、ガクにも秘密だったということだろうか。
「その……。」
 言いよどんで言葉を濁すツキタケ。
「明神にいじめられたのか。」
 ガクの語気が強まる。
 ガクは自分の愛を受け止めてくれる者を何よりも大切にする。
 たとえばこの眼前に座る少年を、他の何よりも大切に護ろうとする。
「いじめられてなんかないっす!」
 慌ててツキタケが否定した。
 ここでガクが、ツキタケは明神にいじめられて、十味の家に逃げ込んだのだなどと信じ込んでしまったら、始末に負えない修羅場が起こることくらい、目に見えている。
「すまんな。わしがビデオを見ていかないかと誘ったもんでな。」
 助け船を出してやると、ツキタケがほっとしたように十味を振り返った。
 一時停止となっている画面を指させば、ガクはツキタケと十味とテレビとを代わる代わる見やってから、ぼそりと問いかける。
「それを見たかったのか。」
「そうっす!」
 頷くツキタケに、ガクは納得したように陰気に笑った。
「なら、俺も付き合おう。」
 テレビの前にツキタケが座り、その横にガク。少し離れた椅子に十味。
 リモコンでビデオを再生すると、ツキタケは手に汗を握って画面に見入り、あるいは声を上げて笑いながらはしゃぐ。
 そんなツキタケを時折見やりながら、なんだかんだでガクも熱心に見ているようで、ことにクラリスが出てくるたびに食い入るように画面を見据える。
 ガクも少しはこういう大人の恋をしてくれないものか、などと、十味は叶わぬ夢を抱いてみたりした。
 映画が終わってからも、ツキタケが興奮気味に語る感想に相槌を打ってやったり、ぼろ泣きしているガクを宥めたりして。
 ゆっくり流れてゆく時間。
 そして。
 ガクが唐突に立ち上がった。
「帰るぞ。ツキタケ。」
「え。」
 狼狽えたようにツキタケが十味とガクの顔を見比べる。
 それから、断念したようにガクのコートを掴んで訴えた。
「あのね!おいら、今夜、ここのうちに泊まるから。」
「なぜ?」
「おいら……雇われてるんすよ。」
 ツキタケの懸命な説明に、ガクは眉を寄せた。
「なぜ金が要る?」
「……ダンナの誕生日がもうすぐだから。」
「明神の……?」
「おいらたち、家賃も払ってないし、大掃除も手伝えないし、だから……!」
 ガクの大きな手がぽふりとツキタケの頭を撫でる。
「いくら要るんだ?」
「おいらたちが百円ずつ稼いで三百円で、ネェちゃんが七百円で、四人あわせて千円あれば、何か買えるんじゃないかって。」
 ふむ、とガクは陰気に頷いた。
 あんな明神ごときのために、などとぶつぶつ呟きつつ、何事かを思案している。
「そんなことなら、エージとアズミも呼び出して、今夜は三人で泊まっていったらどうだ?」
 それで三百円になる。
 色を付けて五百円くらいにしてやってもいい。
 きっとにぎやかで楽しい夜になることだろうし。
 十味の提案に、ツキタケは困ったように。
「それじゃあ、何だかずるい気がする。」
 と呟いた。

「さて、どうするかな。」
<第三回選択肢>
座敷童三人お泊まり会を強行する。(17票)

ガクに何か良い考えはないか尋ねる。(18票)

誰かいたような気がして窓の外に目をやる。(26票)




「おや?」
 ふと気になって窓の方を振り返った十味に、ツキタケが首をかしげた。
「誰か居たの?」
「居たような気がしたのだが。」
 気のせいか。
 十味がつぶやく。
 いるはずがない。
 黒いコートに黒い髪。
 あの男が、ここにいるはずなどないのだ。
「気になるなら、おいら、ちょっと見てこようか?」
 ツキタケが壁に手をかける。
 どこまでも気の利く優しい座敷童だ。
「そうだな。わしも出てみよう。」
 あのとき外に出て確認しておけばよかったと後悔するのは柄ではない。
 考える前に飛び出す。
 気が短いのは、決して欠点などではない。
 当たり前のように付いてくるガクを伴って、三人で、家の前の道に出る。
「誰も居ないようだな。」
 辺りを見回したガクが、ふと道の向こうに目をやった。
「ネェちゃん!」
 なぜか姫乃とエージが走ってくる。
 エージの肩の上にはアズミが乗っかって、嬉しそうに笑い声を立てていた。
「どうした?エージ。」
 ぜぃぜぃと息を弾ませる姫乃の横で、さすがはスポーツ少年と言うべきか、多少は余裕がありそうなエージ。
 それでも小さく空咳をしてから、エージが口を開く。
「明神の師匠、見てないか?」
「……何だと?」
 あの男がこんな場所にいるはずはない。
 いていいはずがない。
「俺も見てないんだけど、姫乃が……。」
 エージの言葉を姫乃が引き継いだ。
「窓の外に……黒いコートの人が見えた気がして……もしかしてって思って……。」
 姫乃も定かには見ていないのだ。
 だが、それが明神の師匠であるなら、そして黙って立ち去ろうとしているのなら、どうしても捕まえなくてはならない。
 そう思ったのだろう。
 捕まえる理由などない。
 ただ、黙って立ち去ってほしくない。
「わしも、黒いコートで、黒い髪の男が見えた気がして、出てきてみたのだが。」
 午後十一時を遥かに回った時刻である。
 道には人通りもほとんどない。
「エージ!」
 アズミが叫ぶ。
「何だよ。後にしてくれよ。」
 耳を引っ張られて、エージが渋々アズミを振り返る。
「あっちに、誰かいた!」
「黒いコートの人か?」
「真っ黒!」
 アズミの指さす方向に、迷わずエージが走り出す。
 エージを追って、姫乃、ツキタケ、ガクも走り出す。
 十味は、よっし!と自らの頬を張って、若い者たちを追いかけた。
「どっちだ、アズミ?」
 公園の前で立ち止まったエージ。
 アズミが周囲を見回した。
 そして首を横に振る。
「ちくしょう。見失ったか。」
 公園の中に足を踏み入れる。
 人気のない公園に、点々と街灯が灯っている。
 街灯に照らされたベンチに、ビニール袋が一つ。
「バナナだな。」
 アズミを抱え上げてガクがコンビニの袋を覗き込む。
「バナナは、お猿さんが食べるんだよ!」
 アズミの無邪気な言葉に、「猿?」とつぶやきながらツキタケがエージを見たので、エージはむっとした様子で目をそらした。
 あの男がいるはずがない。
 あの男が未練など残しているはずがない。
 だから……きっと、これは何かの間違いだ。
 わしも耄碌したものだな。
 十味は空を見上げ、ふぅと息を吐いた。
「もう、いなくなっちゃったのかな。お礼、言いたかったのに。」
 姫乃がぽつりとつぶやいた。

「さて、どうするかな。」
<第四回選択肢>
大声で名前を呼んでみるか。(26票)

手分けしてもう少し探すか。(7票)

というか、このバナナは何だ?(24票)




「おーい!明神!!」
 夜の町であまり大声を出すものではないとは思ったが、ここは公園であるし、何より後悔したくなかった。
「明神さーん!!」
 姫乃も呼ぶ。
「いねぇのかよ!!」
 エージも叫んだ。
 そのとき、公園の入り口に人影が現れた。
「どうした!エージ!!ヒメノン!!」
 荒い息で額の汗を拭う明神冬悟が、そこにいた。
「何だ……?何で、揃ってんだ……?」
 真冬だというのに、暑そうにコートの前ボタンを外す。
「だ、ダンナ……?!」
 確かにこの男も明神だ。
 黒ずくめのこの男も。
 だが、髪の色が違う。
 先ほど見えた気がしたのは、黒髪の男。
「仕事終わってうたかた荘戻ったら、誰もいねぇし!ヒメノンの携帯に電話したら、ヒメノンの部屋からぴろぴろ着信音聞こえるし!!爺さんに電話したら出ねぇし!!!爺さんとこ行ってみたら、電気つけっぱなしで、誰もいねぇし!!!」
 姫乃が気まずそうにエージを振り返る。
「ご、ごめんなさい。」
 それでも謝るのが姫乃の素直なところだ。
「何かあったんじゃねぇかって、心配したんだぞ。」
 謝られて毒気が抜かれたらしい。
 明神は苦笑気味にそうつぶやいて、ふぅっと息を吐く。
「ってか、さっき、何で俺を呼んだんだ?」
 問われても、上手く答えられない。
 お前の師匠がいたような気がしたんだ、とは言いにくい。
 いたのか、いなかったのか、分からない。
 姫乃と十味とアズミ、三人が同時に見た、幻覚だったのかもしれない。
「お前がなかなか帰ってこないから、ヒメノンが心配していたんだ。」
 ぼそりとガクがぼやくように呟いて。
「へ?」
 明神が驚いたように姫乃を振り返る。
「そうだぞ。姫乃は、お前が帰ってこないって、ずっと窓の外見てて、それで。」
 そこまで言って、エージが黙る。
 それで、師匠の姿を見たように思って、とは言えない。
「だから、俺を捜しに……?」
 きょとんとした様子で問う明神に。
「そ、そうっす。」
 ツキタケが曖昧な表情で頷いた。
「それは……悪かったな。」
 照れくさそうに明神が謝る。
 本当はそればかりじゃないのだけどな。
 十味は黙って空を見上げた。
 なぁ、どうした。
 お前さんは本当にいなかったのか。
「これ、何だ?」
 明神がベンチに置かれたビニール袋を持ち上げた。
 かつり、と固い音がする。
「バナナだったよ!」
 ガクに抱かれたままのアズミが、嬉しそうに報告するが、さっきの音はバナナではない。
 手を突っ込んでみると、バナナの他に、ワンカップの酒が二つ。
「何だよ。オッサンかよ。」
 低く笑う明神。
「どういうこと?」
「オッサン、よく仕事帰りにコンビニでバナナとワンカップ買ってたんだよ。」
 ツキタケとエージが顔を見合わせた。
「まぁ、俺の分は、酒じゃなくてココアとかだったけどな。だから、ワンカップ二つってことはなかったけど。」
 今なら、ワンカップ二つかな。
 そう呟いて、明神冬悟は天を仰いだ。
 冬の夜空は、澄み渡って高く暗い。
 ただ、公園に点々と灯る街灯が、白々と夜を照らす。
「日付が変わったな。」
 ガクが公園の時計に目をやった。
「明神さん、お誕生日おめでとう。」
 姫乃の声にアズミが飛びつく。
「誕生日?」
 腕を組み、首をかしげ。
「おーう!今日は15日か。」
 アズミを抱えて、手を打つ明神。
「で、これが、誕生日プレゼントなのか?」
 コンビニの袋をぶら下げる。
「いや、それは……。」
 皆が来る前からここにあったものだから、誰かの忘れ物かもしれない。
 だけど。
 もしかしたら、あの男の置きみやげかもしれない。
 ワンカップが二つ。
 ココアでも、ジュースでもなく。
 一人前になった弟子への。
「そんなわけねぇよな。こんなん、オッサンじゃなきゃ買わないよなぁ。」
 あはは!と声を立てて笑う明神に、誰も答えられない。
 あの男でなければ買わないものならば。
 いや、そんなはずはない。
 かつり、と明神が袋を置く。
「さ、帰るぞ!」
 明神の言葉に、アズミが楽しそうに言った。
「うたかた荘帰ったら、お誕生日会、やろうね!」
「お誕生日会?俺のか?」
「おう!やろうぜ、明神!」
 エージがにやっと笑ってみせる。
「生きてる者の、特権だからな。」
 ガクまで賛同するような言葉を口にする。
「そうっすよ。たまにはそういうの、いいんじゃないっすか。」
 陽魂たちにわいわいとせがまれて、明神は照れくさそうに頭をかく。
 みんな家族!!
 オレはそんなところにしていきたい!!
 誰かの笑いを含んだ声が聞こえた気がして、公園を出る間際、十味はさっきのベンチを振り返った。
 その瞬間。
 コンビニのビニール袋は、きらきらとした光の粒となって、空に消えた。
 少なくとも十味にはそう見えた。
「消えちゃいましたね。」
 横で振り返っていた姫乃が、小さく笑う。
「なぁに、あの男も満足しただろ。」
 バナナ一房と、ワンカップ二つ。
 他の者には分からない、二人の明神の約束。
「きっと明神さん、分かってるんですよね。」
「さあな。」
 わしらがあれこれ詮索するような話じゃなかろう。
 十味はふわっとあくびをした。
 夜が明けて、皆が起き出してきたら、うたかた荘では誕生日会だ。
 たまにはそんなのもいいだろう。
「そうそう、お嬢ちゃん。座敷童代、払っておこうか。」
 千円札を一枚、手渡されて。
「おつり、ないんですけど。」
 恐縮する姫乃に、十味が笑った。
「わしも、明神の誕生祝いに一枚噛むから、つりは要らんよ。」
 十味の言葉に、一瞬、びっくりしたように瞬きした姫乃は、すぐににこりと笑って礼を言う。
 礼を言うべきは、お嬢ちゃんじゃないだろ。
 なぁ、違うか?
 十味は空を見上げる。
 三つ並んだのがオリオン座の三つ星。
 ツキタケが、自慢げにそう教えてくれた星が、東京の薄明るい夜空に静かにまたたいていた。








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