世の中にはクリスマスというものがあると聞く。
否、その存在自体は以前から知っている。
なにやら得体の知れない老人が、子供たちの求めるものを施し与える日だ。
子供たちと一切面識がない老人が、である。
相手の望むモノを知る能力。
しかも一人の子供を相手にするのではない。
世界中の全ての子供のうちから品行の良い者だけを選りすぐって、施すのだという。
すなわち優れた者を選別する能力をも備えているということだ。
いかなるPSIであろうか。
その断片的な情報だけでもかなりの使い手だろうと推測される。
そして何より恐ろしいことには、その老人は世界中の子供たちを既に篭絡しているらしいのだ。
そうであるなら、子供の中にはPSI能力を持ちながら、WISEではなくその男の傘下に加わる選択をする者もあろう。
危険だ。
極めて危険だ。
その男はWISEの脅威になり得る存在かもしれぬ。
そこまで考えて弥勒は目を伏せた。
孤児院のクリスマス会で見かけたときに、殺っておけばよかったかもしれぬ。
否、殺っておくべきだったのだ。
しくじったな。
だがあれを殺せば姉が泣いただろう。
その展開だけは避けねばなるまい。
いずれ今から殺ればいいだけのこと。
あの男は十年ほど長く生きることができた。
その幸福を我が姉に感謝するがいい。
「なるほど。それで理子を囮にしようって話か。」
弥勒の話を聞いたグラナは、ふむ、と頷いた。
ジュナスも頷く。
「確かに理子は良い子だ。囮として過不足なかろう。」
ジュナスとグラナが賛成すれば他の者たちに反論のあろうはずがない。
もとよりシャイナとウラヌスは、こんな面白そうな話に反論するつもりなどありはしなかったし、ドルキとて「サンタなんて本当はいないんだぞ」と言い出すほど子供でもなかった。
鬼瀬は弥勒がやることなら何でも賛成である。
「その老人をおびき寄せるには、クリスマスツリーという罠が有効だったと記憶している。」
グラナが首をかしげ。
「見たことあるな。何やらきらきらと光る飾りを付けた木だろう。」
と応じる。
「ああ。」
弥勒が写真を取り出す。
一枚目は姉の寝顔の写真だったので、慌てて片付ける。
二枚目にはクリスマスツリーの下で微笑む姉弟の姿が在った。
「光る木か。」
ジュナスは弥勒の不審な挙動を気にかけることもなく、クリスマスツリーを眺めた。
シャイナとウラヌスは弥勒がシスコンであることくらい、よく分かっていたし、ドルキとて「このシスコンめ!」と言い出すほど命知らずでもなかった。
鬼瀬は弥勒のシスコンぶりが芸術の域に達していると常に賛美してやまない。
「これを用意すれば、理子のもとにその老人が来るということだな。」
「そのはずだ。」
「そして理子の一番求めているものを与える、と。」
「ああ。」
ジュナスが眉を寄せた。
「俺でさえ知らない理子の秘密を、その老人が知っているというのか!」
ドルキは「このロリコンめ!」と突っ込みそうになったが、ぐっと堪えた。
ジュナスのボケに突っ込むのは命がけである。
ドルキとてこんなところで命を賭けたくはなかった。
「だからこそその老人が危険なのだ。」
弥勒は淡々とジュナスの激昂を遮り、全員の顔を順に見回した。
「そこで生命の樹だ。」
何がそこで、なのかいまいちよく分からなかったが、全員が頷いた。
クリスマスツリーの代わりに生命の樹を使おうという話だろう。
何とむちゃくちゃな、とシャイナは嬉しくなった。
これだからWISEはやめられない。
「てっぺんの星はグラナに頼む。」
「日輪天墜で木の上をきらきらさせときゃいいんだな。」
「ああ。」
ますますむちゃくちゃだ、とシャイナはときめきが止まらなくなった。
思わずにこにこしてしまう。
「木にぶら下げる飾りはジュナスの毘沙門・叢が相応しいだろう。」
「ああ、きらきらしてるもんな、あれは。」
弥勒とグラナにたたみかけるように提案され、ジュナスも一瞬の間を置いて頷いた。
「分かった。協力しよう。」
ジュナスとしても、理子の寝室に深夜に忍び込むようなロリコン爺を許してはおけないのだろう。
滾る殺意を隠しきれぬ様子で、手の内のナイフを弄ぶ。
シャイナは全力でにこにこしている。
そのとき。
「おー!みんなここにいたー!」
理子が姿を見せた。
「何の話してる?」
当然のようにジュナスの膝によじ登り、問いかける。
「……危険な能力者を抹殺する相談だ。」
そういえば聞こえはいいが、ただのサンタさん暗殺計画である。
ドルキは突っ込みたい衝動を懸命に堪えて俯いた。
「そいつ悪いやつかー?」
ジュナスが全力で頷く。
「悪い男だ。」
「そっかー!」
ジュナスのポケットから飴を取り出して、理子は自分の口に放り込む。
もう一つ取り出して、ジュナスの口にも投げ込む。
ドルキはどこから突っ込んでいいのか分からなくなり、しかしどれであっても突っ込んでは命に関わると分かっているので、俯いて目を伏せた。
シャイナはドルキを見守りまくって、さらにいい笑顔になった。
「ところで理子、何か用があったのではないのか。」
弥勒に問われて、理子は破顔した。
「おー!」
そしてスケッチブックを机に置く。
「みんなの欲しいモノを聞きに来たー!」
「欲しいモノ?」
「理子がみんなのサンタさんになるのー!」
その場の空気が凍り付く。
「ジュナス、何が欲しいー?」
クレヨンを構え、何でも描ける状態で理子が振り返る。
「理子、その、お前は……。」
「知ってるかー?サンタさんは本当はいないんだぞー!」
はっと顔をあげるドルキ。
グラナはゆっくりと弥勒に目を向けた。
弥勒は真っ直ぐに理子を見据え、次の言葉を待っている。
ジュナスは無表情に理子を見返す。
まさか。
まさか、そんなことが?
だが場の空気など気に止める様子もなく、ご機嫌でクレヨンを振り回す理子。
「だから理子が代わりにプレゼントするー!」
サンタさんは本当はいない。
本当は、いない。
まさか、そんなことが?
仮想敵が実在しない、だと?
「本当か、理子!」
「おー!」
きっと理子は「プレゼントする」という発言について、肯定したのだろう。
決してサンタさんがいないことの真偽を確認されたとは思ってもおるまい。
だが、ジュナスは理子を狙うロリコン爺が実在しなかったことについて、安堵した。
弥勒は、孤児院のクリスマス会で見かけた男に十年以上騙されていたことに、怒りを覚えた。
グラナは、強い敵との戦いに心躍らせていただけに、ちょっとしょんぼりした。
そんな三人三様の思惑を余所に。
「ジュナスには飴魔神ー!舐めるとべたべたするよー!」
理子はすでにクリスマスプレゼントの生産を開始し。
「待て、理子!部屋の中に魔神を出すな!」
理子の乱入のおかげで、いろんな意味で命拾いした、とドルキが心から感謝していたことは。
「……。」
誰にも言えないけれども、シャイナだけにはばれていた、とっておきの秘密であった。