どこから現れたのか知らないが、望月朧の登場はあまりにも唐突だった。
「だって、僕一人じゃ寂しいじゃないか!」
彼は真顔でそう主張した。
「それは僕だって、アゲハくんと一緒の方がいいよ!でも、アゲハくんはもう帰ってしまったというし……君たちで我慢する。それが僕の最大限の譲歩だ。」
まるでヒリューたちの無体な条件でも呑んだかのように、そう告げると、大げさにため息をつく。
「アゲハくんがいないこの世界は、何て空虚なんだろう……まるでこれは……ウグイスの入っていないウグイスパンと同じ。」
タツオはこのよく知らない男にツッコミを入れたくて堪らなかったが、ヒリューが黙っているので、自分も黙っていることにした。
朝河さんが突っ込まないなら、それには深い事情があるに違いない。
なぜなら朝河さんは朝河さんだから!
そしてタツオは己の到達した結論に、全力で満足した。
これでこそミラクルドラゴン。
頭脳担当者がこれでは先が思いやられるが、ミラクルドラゴンはこれでいいのである。
何しろ頭脳にとって最大の懸案は、胴体の幸せなのである。
胴体が突っ込まない道を選ぶなら、それでいい。
それはさておき。
「ああアゲハくん……僕を置いて行ってしまうなんて……。」
と、ひとしきり悲劇のヒーローを満喫すると、朧はまた真顔に戻った。
「というわけで、僕もミラクルドラゴンに入れてくれるね?」
タツオは一瞬ぽかんとして、それからヒリューに目をやる。
ヒリューは理解が追いつかない様子で、まっすぐに朧を見ていたが、おずおずと口を開く。
「すまんが……もう一度、言ってくれないか?何か聞き間違えたようだ。」
どうやら、脳が朧の言葉を全力で拒絶するのに、困惑しているようだった。
朝河さんは人が良すぎる。
でも、そこがいい。
そんな胴体だからいい。
タツオは満足する。
ヒリューがヒリューであることこそが、タツオにとって至上の価値である。
「僕の朧という名前にも龍が入っている。ということは、僕にもミラクルドラゴンに入る権利がある。違うかい?」
ヒリューの全力の拒絶をモノともせず、朧が熱心に主張する。
「……なるほど。」
うっかり説得され始めるヒリューに、タツオはどきどきした。
さすが朝河さん。
押しに弱い!
でも、そこがいい。
そんな朝河さんだから朝河さんは朝河さんなんだ。
しかし。
「……しかし朧、ミラクルドラゴンは頭と胴体があれば十分だ。お前の入る余地はない。」
ヒリューは果敢にも反論を試みた。
しかも、かなり理に適った反論(当社比/タツオ調べ)だ。
タツオは感動した。
さすがは朝河さん!
一生この胴体に付いていく!
けれど。
「頭と胴体があるなら、僕は翼になろう。ああ……この翼でアゲハくん……君のもとへと羽ばたきたいよ。」
朧はお構いなしである。
「いや……翼は俺が頑張るから……その……お前の手を借りるまでもない。」
かなりぎりぎりながら、ヒリューは踏みとどまった。
踏みとどまって、朧のミラクルドラゴン入りを拒否しようとした。
「なら手足だね!ああ……僕が君たちの手になるよ。そして君たちの分までアゲハくんを抱きしめる。」
ヒリューはヒリューなりに頑張ったのだ。
それは間違いのないこと。
しかし、この世には限界というものがある。
「この腕でアゲハくんを抱きしめて……ああ、いいね。悪くないよ。」
朧は悦に入っている。
どうやら手足担当というポジションに満足したらしい。
「いいかい、胴体はアゲハくんを受け止める係だ。頭は頬ずりする係、ああ……羨ましいな。僕が代わりたいくらいだが……でも抱きしめる係は君たちには譲れない。悪く思わないでくれ。」
いい笑顔で朧が詫びる。
ヒリューはといえば、完全に黙り込んでしまった。
反論したくても、どうしていいのか分からないのだろう。
タツオは思った。
今こそ頭脳の出番だ。
ミラクルドラゴンの頭脳はこんなときこそ頑張らなきゃいけない。
そうだ。
ミラクルドラゴンは二人で一人。
「手足には頭の言うことを聞いてもらわないと困ります。」
タツオの真顔に朧は「おや?」となる。
そして小さく笑った。
「もしどうしても抱きしめたいというのなら……朝河さんを抱きしめるべきです!それ以外は認めません!」
ヒリューが咽せた。
「嫌だ!僕はアゲハくんを抱きしめたいんだ!」
全力で拒絶されても、ヒリューは全く悲しい気持ちにはならなかった。
むしろアゲハに同情した。
己の悲しみなど、アゲハの悲しみに比べれば、ウグイスパンの中のウグイス成分と同じくらい、かすかなものだろう。
そう思った。
「というか、そもそも、自分抱きしている龍なんておかしいじゃないか!」
「ですが、腕があるなら朝河さんを抱きしめるしかないじゃないですか!」
何かおかしい。
と。
ヒリューは思った。
どうやら、ミラクルドラゴンの頭脳は少しだけ変わっている。
だけど、まあ、あれだ。
タツオは頭がいい。
きっと、俺の方が何か勘違いしているのだろう。
そう、ヒリューは思った。
そしてその結論に満足した。
なぜなら。
タツオの作戦はうまくいく。
きっとうまくいく。
彼は心からそう信じていた。
その感情は信頼といよりむしろ信仰に近い。
「アゲハくんの魅力が分からない君たちの手足となることなんて、願い下げだ!」
「朝河さんの素敵さを理解できない手足など、こちらからお断りです!」
ほら、な。
ヒリューは全力で満足した。
そして朧はミラクルドラゴンに参加するのじゃなくて、一人でムーンドラゴンしていればいいんじゃないかなあ、とのんびり考えて。
それなら、ミラクルドラゴンとムーンドラゴンでドラゴンズだ。
野球でもやるかな。
でも3人じゃ少し足りないなあ。
とか何とかひとしきり考えて。
まあ、その辺のことは、今度タツオに相談しよう。
そう思ってまた全力で満足した。
俺はいまタツオに相談できる環境に在る。
それが何より素敵なことだ。
彼はいつだってその結論に何よりも満足している。
今も、そしてきっとこれからも。