「ここにいたのか。」
聞きなれた声に振り返る。
「どうした?」
問われても困る。
屋根の上で空を見上げていただけ。
黙ったままのツキタケの隣にガクが座る。
夜空には星はまばらで。
その代わり辺り一面、人家の灯り。
大都市東京。
姫乃はそう言うけれども。
ずっとこの地に住んでいたツキタケには、ここがそんなに大都市だという気はしない。
「何を考えている。」
ガクが重ねて問う。
それでもやっぱり東京は広い。
どうしてあの日俺はアニキに出会えたのだろう。
そんなことさえ、不思議に思う。
「アニキに捧げるとっておきの愛のフレーズを考えてたんすよ。」
ころりと屋根の上に寝転がって、笑う。
ガクがぎょっとしたようにツキタケを見た。
そんな些細なことさえも、なぜか楽しくて。
「意外と難しいんすね。愛のフレーズって!」
ついついはしゃいだ声になる。
「アニキと一緒の墓には、入れねぇし。」
「当たり前だ。」
「ネェちゃんに張り合っても、ツキタケンって呼ばれるのはやだし。」
「呼びにくい。」
「俳句も考えたんすよ。」
「どんな?」
「夏墓や アニキと俺の 愛のあと!」
「俺のパクリだろう。それは。」
「アニキだって、芭蕉のパクリじゃないっすか!」
口からでまかせにしゃべっているうちに、なんだかだんだんおかしくなってきて。
けらけらと転げまわって笑うツキタケを、ガクが無表情に見やる。
町の灯りが東京の空を薄明るく照らし出す。
「お前はそんなことを考えなくてもいい。」
陰気な声でガクが呟いた。
「何でっすか?」
目だけで見上げるツキタケに、ため息をつくガク。
「アニキ?」
流れ星など、見えるはずもない東京の夜空。
今夜は月もない。
家々の灯りは温かい色。
「それだけでいい。」
「え?」
「子供はもう寝ろ。」
二人は兄でも弟でもなくて。
それでも彼らを繋ぐ絆があるとすれば。
「アニキ?」
ツキタケの呼びかけにガクが陰気に笑う。
どんな言葉を尽くすよりも。
ただそう呼ばれるだけで十分なのだと。
「おやすみなさいっす。」
素直に部屋に戻ろうとするツキタケに。
「ああ。おやすみ。」
ガクはいつもどおり無表情に応じた。
東京の夜は見渡す限り光の海である。