明神が十味のもとを訪れたのは、陽射しの暖かな午後のことだった。
「探し物を頼みたいんだが。」
珍しく神妙な明神の表情に、十味は瞬きをする。
「なんだ。藪から棒に。」
ふと穏やかな笑みを浮かべ、頭をかく明神。
「たまにはいいだろ。俺がモノ頼んだって。」
「これだけ世話してやったのに、何が『たまには』だ。生意気を言うな。」
そう憎まれ口をききつつも、十味は目で話の続きを促す。
「最近さ。いろいろあって。」
「ああ。」
「ヒメノンとかエージとかに言われてさ。ああ、そうか、俺、明神の名前騙ってるんじゃないんだ、俺が明神なんだ、明神って名乗って良いんだ、って気づいてさ。俺があいつらを支えて、あいつらが俺を支えて、それで俺は強くなれる。その俺は、あいつらにとっては、他でもない案内屋明神なんだって。そう気づいた。」
照れくさいのか、とつとつと言葉を紡ぐ。
十味は目を細めた。
「んだよ。そんな顔すんなよ。」
照れ隠しにかみつく明神に、ますます笑みが深まる。
こいつめ。いつの間にか大人になりよって。
こうやってこいつは「明神の弟子」を卒業してゆくかもしれんな。確かにお前は明神だ。それで良い。そう胸を張って名乗れば良い。あいつも喜ぶだろうよ。
そう言葉にしてやろうかと迷った十味に、明神が急に真剣な表情を見せた。
「そのとき、俺は目から鱗が落ちたってこういうことだなって、思ったんだ。」
悟った、ということだろう。
十味が深くうなずく。
「だけどな。」
ぐっと声が低くなる明神。真剣な話をしようとしている。その雰囲気に、十味も表情を引き締めた。
「なんだ。」
「ああ。だけど……その後、探したんだが、落とした鱗が見つからなかったんだ。」
「……落とした鱗?!」
「探すの、手伝ってくれないか?」
明神は真顔である。大真面目である。
一瞬、フリーズした十味であったが、数秒後声を上げて笑い出した。
「お前はまだまだ明神の弟子だな。」
「な、なんだよ。」
明神が冬悟を拾う前に、十味に真顔でそう依頼したことがあるなど、今の明神は知らない。ただ、カエルの子はカエル。無駄な附合が妙におかしくて。
残念だが、お前さん、まだまだあの男の弟子を卒業などさせてもらえまいよ。
いつまで経っても、カエルの子はカエルの子だ。
憮然とする明神を横目に、目じりに涙を浮かべながら、十味はしばらくの間、笑い続けた。