誰にも言えないことだが。
ちょっとかっこいいな、と思うモノに。
「喧嘩上等」
という言葉がある。
しかし、正直に言うと、エージはこの言葉の正確な意味を知らない。
何となく、かっこいいな、と思うのである。
どうやって使ったらいいのかも分からない。
だが、一度使ってみたいと常々思っている。
そんな言葉である。
「おいら、それ、初めて聞いた。」
何の話の弾みだったか、エージはツキタケ相手に、ぽろりと「喧嘩上等」の意味を聞いてみたことがあった。
ガクには何となく聞きたくないし、明神が知っているとも思えない。
姫乃に聞いたら怒られそうな気がしたし、アズミには聞かせちゃいけない言葉な気がする。
そんな消去法が働いたのかもしれない。
だが、ツキタケはそんな言葉知らない、とはっきり言い切った。
日だまりの屋根の上は、居心地がよくて。
「喧嘩が上等ってこと?」
さっぱり見当もつかない様子で、エージにオウム返しに尋ねる。
「ばーか、俺が知りたいんだっての。」
つっけんどんに切り返すエージに、ツキタケもむくれた。
「何だよ。」
こんなときこそ、切るべき啖呵が「喧嘩上等」である。
あるいは「やってやろうじゃねぇの」でもよろしい。
だが、うたかた荘でのほほんと暮らす二人に、啖呵など思いつく由もなく。
むくれてマフラーをふわふわさせるツキタケに、エージが折れた。
「その……上等な喧嘩って変な言葉だよな。」
「……うん。」
エージが折れるなら、いつまでも意地を張るツキタケでもない。
二人はもう一度、「喧嘩上等」について、本気を出して考えてみた。
「上等な喧嘩は、高級な喧嘩ってことか?」
「喧嘩高級?」
「……喧嘩高級??」
うーむ、と二人揃って眉間にしわを寄せてみる。
どうもよく分からない。
そのとき、階下で激しい物音がした。
「……また、始まったな。ばか喧嘩。」
バットを担ぎ上げ、エージが立ち上がる。
「俺も参加してくっか。」
「いや、とめろよ。今に、床が抜けるぞ。ネェちゃんが困るだろ。」
ツキタケがマフラーでエージのバットを抑える。
そのとき管理人の怒鳴り声が響き渡った。
「上等だ!てめぇ!!」
どうやら上等らしい。
二人は顔を見合わせる。
そして立て続けに響く派手に何かがぶつかり合う音。
「あれが……上等なのか?」
「……うん。」
少年二人にとって、明神やガクは尊敬すべき大人である。
たとえ、ばか喧嘩ばかりしでかしているとしても。
「なるほどなぁ。」
「そっかぁ。」
二人はしみじみと納得した。
あれが上等な喧嘩なのである。
喧嘩上等、なのである。
その瞬間。
足下から、床を踏み抜く派手な音が聞こえた。
「傑作だな、明神!!」
ガクの笑い声。
どうやらこの喧嘩は上等なだけでなく、傑作でもあるらしい。
二人はしみじみと感動した。
屋根の上はうららかな陽射し。
うたかた荘は今日も大変平和であった。