「痛むのか。」
ジュナスが問いかける。
「……いや?」
一瞬問いかけの意味を判じかねて、グラナはゆっくりと振り返り。
「ああ……もう痛みはない。」
眼帯に触れていた手を下ろす。
なるほど。
眼帯に手を当てて物思いに耽っていたりすれば、古傷が痛むかと思われても仕方あるまい。
「ただ……思い出していただけだ。」
「何を?」
「何をって……そうだな、弥勒に初めて出会った日のこととか、それからのこととか。」
太陽の光を遮断し、全ての命を枯らし尽くした地上。
カレンダーなどとうの昔に捨て去った。
季節すらほとんど意識しない生活。
そんな中でも。
「そろそろだなと思ってな。」
「……うん?」
「何年前だ?……十年くらい……か?」
弥勒と初めて出会った日のことは忘れられない。
今年もその日が巡ってくる。
それくらいは漠然とした年月の感覚の中でも意識される。
いや、違うな。
グラナはゆっくりと首を振った。
雑音のない新しい世界だからこそ、研ぎ澄まされる感覚もある。
あの日を境に全てが変わった。
他の何を措いても、あの日のことだけは忘れることはあるまい。
全ての起点となる一瞬。
座標軸の中心。
だから。
「十年前の今頃、弥勒と出会ったなと思ってな。」
ジュナスは不思議そうにグラナを見た。
「そうか。」
ジュナスには特別の感慨などあるまい。
彼は05号として、俺より先に06号と出会っている。
グレゴリを脱出した日のことは印象深いかもしれないが、弥勒が俺を仲間に引き入れたことなどどうでもいい出来事の一つに過ぎまい。
それでも。
「何かあったのか、その日に。」
ジュナスの問いかけには苦笑せざるを得ない。
出会っただけでも大事件だ。
あんな男に出会ってしまったこと。
彼の計画につきあうと決めたこと。
それはこの星の命運を定めるのと同じ意味を持つ決断だったはずだ。
しかし、ジュナスにとっては、グラナの合流も、弥勒の完璧な計画の一つのファクターに過ぎないのだろう。
その感覚もグラナには分からないでもなかった。
「まあ、俺にとっちゃおおごとだったからな。」
「そうか。」
「目奪(と)られたしな。」
いくらか驚いたようにジュナスがグラナを見る。
「そうなのか。」
「ん?」
もしや、グラナが隻眼である理由を、彼は知らないのだろうか。
確かにジュナスにそんな話をしたかどうかは、定かには覚えていない。
していなかったかもしれない。
ジュナスにしては珍しく興味深そうに重ねて問う。
「誰に?」
「そりゃ……弥勒に。」
他の誰に俺の目をくれてやれるっていうんだ。
んなことできるのは弥勒くらいなもんだろう。
あとは可能性があるとしたら、あの黒いバースト使いか、殺しちまったあの女か。
惜しかったな。あの女。
仲間にしたかった。
あいつとはうまい酒が飲めそうな気がしたんだがな。
そんなグラナの思考を遮るように
「弥勒にか。」
ジュナスが確認するように重ねて尋ね、そしてついと目をそらす。
「出会ったその日のうちに?」
「ああ。」
どうやらジュナスは本当に知らなかったらしい。
何度か瞬きをして。
「それは……記念日だな。」
不思議な感想を述べる。
「記念日?」
「違うのか?」
「弥勒に目奪られた記念日か……まあ、違わねぇけどな。」
いまいち釈然としない表情で、頭を掻きつつグラナが応じれば。
「そうだろう。」
ジュナスが頷く。
「知らなかったが、覚えておこう。」
「ん?」
「しかし……お前が弥勒に娶られていたとは……。」
立ち去るジュナスの背中を見守りつつ、グラナは何かまだ釈然としない思いを抱えていたが、彼らしいおおらかさで、その思いは捨ててしまうことにした。
悩んだところで仕方がない。
きっとジュナスにはジュナスなりの考えがあるのだろう。
そう決めるとグラナはもう迷わない男であった。
ちなみに。
「ち……違うだろ……娶ると目奪るは、全然違うだろっ!」
物陰でドルキが小さく突っ込みの呟きを零し続けていたことに。
「……くそっ!誰か突っ込めよ!」
気づいていたのはシャイナだけであった。