日の当たる庭は若草の匂いがした。
「姫乃、遅いね!」
アリの行列を飽きもせず眺めていたアズミが、玄関先に座り込むガクを振り返って首をかしげる。
「まだ2時だから帰ってこないだろう。」
「遅いね!」
「……そうだな。」
ヒメノンがいないと、時間が経つのが遅い。
風がなぎ、全てが淀んだようにさえ思われる。
「迎えに行こうか!」
「……いや。」
迎えに行きたい気持ちはある。
だが、生きている者たちと過ごす時間が、ヒメノンには大切だ。
ヒメノンは優しい。
決して、死者をないがしろになどしない。
そばにいれば、生きている者に対するように、きちんと礼儀正しく振舞ってくれる。
だからこそ。
「まだかな!」
「まだだな。」
だからこそ待っていなくてはならない。
ヒメノンは生きているのだから。
ガクの膝の上に収まったアズミが、足をぶらぶらさせて、何がおかしいのか声を立てて笑う。
ひらひらと蝶が舞う。
「何考えてるの?」
空を見上げていたガクに、にこりと問いかけるアズミ。
「ヒメノンのための愛のフレーズを考えていた。」
「あいのふれーずって何?」
はたと答えに困る。
分かりきったようで、意外と説明が難しい。
「愛を伝えるためのものだ。」
「あいって?」
「愛とは……大好きだ、ということだ。」
そっか!と納得した様子でアズミは瞬きし。
ぴょん、とガクの膝から飛び降りる。
そしてもう一度、今度は向き合うように、ガクの膝によじ登って。
ぎゅっ!とガクにしがみつく。
「どうした?」
「あいのふれーずしてるの!」
その刹那。
スイッチが入った。
それ、イイ。
アズミを抱え上げると、ガクは立ち上がる。
「ヒメノンが帰ってきたら、俺も愛のフレーズしよう。」
「うん!アズミもする!!」
生きている者には触れられないけれど。
気持ちだけでも伝えたい。
きっとヒメノンは一瞬だけ困り果てたようにフリーズして、それから花開くように笑うだろう。
庭には晩春の陽射し。
若草の香りが風に乗って、うたかた荘に満ちていた。