「ディア、そのマフラーは羊毛かい?」
突如、背後に立ったキヨイに、ツキタケはびくっと飛び上がる。
ふわりとツキタケのマフラーを摘んだキヨイは、その手触りに不思議そうに首をかしげた。
「オイラ、よく知らないけど。」
やれやれ、と独特の光を持つ目を細めるキヨイ。
ツキタケは一生懸命考えて、言葉を選ぶ。
「えっと、化繊……かな。」
「ホワッツ?化繊?」
キヨイはきょとんとツキタケの言葉を反芻する。
ヤギだけに。
「うーんと……化学繊維?」
「エニウェイ、それは何の動物の毛だい?」
「動物じゃなくて……人が作ったものだと思う。」
「……アンビリーバブル!」
キヨイは目を伏せて、降参したように両手を挙げた。
「人間の傲慢には恐れ入るよ。」
おそらく、化学繊維がどのようなものか、聡いキヨイは理解してしまったのだろう。興味を失ったように、ツキタケのマフラーから手を離した。
「バット。この奇妙な手触りは、てっきりヒツジの毛かと思ったな。」
「ヒツジっぽい?」
ツキタケは真っ直ぐにキヨイの目を覗き込んで、尋ねた。
「仲間、みたいだった?」
「ウェイト!仲間?」
キヨイはびっくりしたようにツキタケの言葉を反芻する。
ヤギだけに。
「ヒツジは仲間ではないよ。」
パラノイドサーカスにとって、ことにキヨイにとって、仲間かそうでないかは、極めて重要な意味を持つ。
ツキタケからすれば、ヒツジとヤギって仲間じゃないの?というレベルなのだが、そうではないらしい。
「今度、マフラーを買うときには、ウサギかヤギにすることだね。」
「うん?」
ツキタケは首をかしげる。
今度、というのもおかしいが。
「ウサギかヤギ?」
「イエス。ウサギかヤギ。」
キヨイは笑顔でツキタケの言葉を反芻する。
ヤギだけに。
「アンゴラウサギのマフラー。そうじゃなきゃ、カシミヤのマフラー。これ以外は、僕は認めないよ。」
仲間意識、というのは、マフラーの材料まで規定するものらしい。
いや、それって仲間意識なのか、何なのか。
「その……その帽子って……それは?」
ツキタケがおずおずと尋ねる。
キヨイの帽子はふかふかした雰囲気に見えるのだが、やはりヤギの毛なのだろうか。
「僕の帽子?」
キヨイはにこりと笑ってツキタケの言葉を反芻する。
ヤギだけに。
「ディア。いいところに目を付けたね。」
優しい笑顔でキヨイがツキタケの頬を撫でる。
「これはね。木でできているんだよ。」
「木?!」
ツキタケはひどく驚いてキヨイの言葉を反芻する。
ヤギだけに。
違った。ツキタケはヤギじゃない。
「湿り気のある季節にはね。キノコが生えてくるんだよ。」
キヨイの独特の光を持つ瞳がきらりと光る。
「キノコ!」
ツキタケは目を輝かせてキヨイの言葉を反芻する。
ヤギだけに。
違った。ツキタケはヤギじゃない。
「オーライ。また生えてきたら君に見せてあげるよ。」
キヨイが爽やかな笑顔でツキタケにほほえみかける。
何だかいいことがありそうな午後のできごとだった。