電柱の上に立つと、ちょうど教室が見える。
何年生だろう。
少し遠くから、ツキタケはいつでもその教室を見ている。
学校なんて、つまんない場所。
行かなくていいなら、行くはずもない。
だけど。
「よっと!」
隣の電信柱を妙なおじさんがよじ登ってきた。
「お前、バランス感覚いいなぁ!」
おじさんは大きく口を開けて笑った。
何だろ。この陽魂。
黒いコートに黒いサングラス。
ちょっとダンナの格好に似ているけど。
「学校好きか?」
ツキタケの怪訝そうな視線を気にする様子もなく、おじさんが尋ねる。
「あんまり。」
昔は大嫌いだった。
でも、今だってあんまり好きじゃない。
好きになんかなれない。
「学校はいいぞ。特に給食がな!」
電信柱の上で、黒いコートが翻える。
「陽魂は、ご飯食べないだろ。」
ぼそりと言い返す。
「鋭いな!お前!」
何となく、この人のことを知ってる気がした。
初対面の陽魂だ。それは間違いない。
だけど。
「おじさん、おいらの住んでるとこの管理人さんに似てる。」
そう言ってやれば、おじさんはサングラスをずいっとずりあげた。
「その管理人は、そんなに男前なのか?」
「……男前っていうか……似てる。」
「そっか。」
「おいら、その人、好きだよ。」
おじさんが破顔した。
「そりゃ、おじさんにとっても、最高の褒め言葉だな。」
誰だかは知らない。
でも、ツキタケはこの人を知っている。
「何で……来ないの?」
「どこへ?」
「分かってるくせに。」
おじさんは口を開けて豪快に笑う。
「大丈夫だ。」
おじさんがひらりと電線に飛び移る。
バランスを取って隣の電信柱まで歩く。
「バナナはおやつに入らない。そうだろ?」
「え?」
「一番大事なことは、言わなくても、意外と分かってるもんだ。」
「え?」
バナナがおやつに入るかどうかが、一番大事なコト?!
狼狽えるツキタケににやりと目をやって、おじさんが電線から飛び降りた。
「おい、ツキタケ!」
学校の屋上からひょこりと顔を出し、エージが手を振った。
「遊ぼうぜ!」
「え?あ、うん!」
視線を電線の下に向けたときには、もうそこには誰もいなくて。
ただ数枚の木の葉が、くるりと風の合間に回っているだけだった。