十味の持ってくる仕事はいつだって唐突である。
「じゃあ、行ってくるからな。」
玄関先までついてきたアズミに、留守番を頼んで、明神が扉を開ける。
「すぐ帰ってくる?」
首をかしげるアズミに、明神は困ったように笑う。
「たぶん、遅くなる。ヒメノンに遅くなるから、戸締まりに気をつけてくれって、伝えておいてもらえるか?」
アズミはこくりと頷いた。
外は明るい晩春の陽射し。
「いい子だ。」
明神に撫でられて、アズミは嬉しそうににこりとした。
「お、思ったより早く帰れたな。」
玄関から聞こえた明神の声に、アズミが飛び出してくる。
「おかえりなさい!」
「ただいま。」
体当たりしてくるアズミを受け止めて。
「あのね!明神!」
「ん?」
「変!」
「んん?」
「明神、変!!エージが言ってたよ!!」
「何だ、そりゃ。」
俺、エージに何かやったかな、と、明神が苦笑する。
思い当たる節などありすぎる気がするのだが。
その思い当たる節は、実際の所、全て、見事なまでに外れであった。
ここは一つ、明神が家を出た直後にまでさかのぼって話をしよう。
それは昼過ぎのまだ明るい時間帯のこと。
出かけていった明神とほぼ入れ替わるように、ツキタケがうたかた荘に戻ってきた。
玄関で、誰かが帰ってくるのを待っていたアズミは、すかさず飛びついて。
「あのね!明神がね!」
明神から預かった姫乃あての伝言を、さっそく報告する。
「姫乃にね!今日は遅くなるから……えっと。」
「ん?」
「遅くなるから……何かに気をつけろって言ってた!!」
「何にだよ。」
一番肝心なところを忘れているアズミに、ツキタケがため息をつく。
アズミはいっこうに思い出せないらしく、諦めて跳ね跳ねと遊び始めた。
姫乃が帰宅したときには、ツキタケはたまたまリビングにいた。
アズミの言っていた伝言をふと思い出す。
「あ、ネェちゃん。ダンナからの伝言があるよ。」
「え?ありがとう。何かな。」
「えっと……今日は……何かに気をつけろって。」
「何かにって……何だろう?」
変な陰魄でもうたかた荘界隈を徘徊しているのだろうか。
その危険性に気づいて、ツキタケと姫乃は表情を硬くした。
「大丈夫かな。」
「おいらも気をつけるよ。ネェちゃんも、気をつけて。」
「ありがと。」
こんな危険はみんなにきちんと伝えなくてはいけない。
姫乃はリビングの壁に、張り紙を貼っておくことにした。
明神さんより
変なものがいるかもしれないので
気をつけてください
「よっし!」
張り紙の出来はなかなかだった。
セロテープで壁に貼り付け、部屋に戻ると、すぐにガクがその張り紙に気づく。
姫乃の可愛い文字を、舐めるように満喫したガクは、ふと笑みを漏らした。
「明神より変なもの、か。」
そんなモノがいるはずがない。
何しろ、あの男は、世界で一番変だ。間違いない。
ガクは一人で何度も頷いた。
「何、一人で納得してんだよ。」
通りすがりのエージが、からかうように笑うので。
ガクは、うっそりと振り返り、それから陰気につぶやいた。
「明神ほど、あほで変な男はいない、という話だ。」
「ふぅん。何だよ。いきなり。」
だが。
エージとしても、明神が変な男であることには、異存がない。
というか、変だ。
縁もゆかりもない陽魂のために、体を張って守ってくれたりする。
それは、間違いなく、生きている人間にとって変なことだ。
だからこそ、エージは明神を尊敬するのだけれども。
夕方。
日がかげってくる。
明神はまだ帰ってこない。
玄関先で素振りをしていたエージは、アズミの姿が見えないことに気づく。
おおかた、公園だろう。
しょうがねぇ。迎えに行くか。
「おい!アズミ!!」
公園とうたかた荘のちょうど真ん中あたりで、エージはアズミを発見した。
道の端っこにしゃがみこんで、カマキリとにらめっこをしているアズミ。
「明神が心配するといけないから、帰るぞ。」
「うん!」
手を伸ばせば、素直に手を繋ぐ。
「明神は変なやつだからな。」
「変?」
「俺らの面倒なんかみてくれてるなんて、変なやつだろ。」
こんな、陽魂たちを、一人ずつ心配してくれる。
そんな変なやつなんて、滅多にいはしない。
「明神、変!!」
アズミが明神の腕の中で、きゃきゃと声を立てて笑う。
リビングを覗けば、姫乃が宿題をやっていた。
「あ!お帰りなさい!」
いつの間にか、ツキタケもエージもガクも顔を出して。
なんてこともない、うたかた荘の夜が始まる。