アズミが一人で絵本を読んでいる。読んでいるというべきか、眺めているというべきか。
「お魚。」
所在なくごろりと転がっていたエージが軽く目を上げる。
「……魚?」
特に意味などない。ただ、アズミの言葉を繰り返せば。
「うん!お魚!エージ、お魚、好き?」
振り返って、きらきらと目を輝かせるアズミ。
「……肉の方が好きだったな。」
「肉?」
聞き返すアズミに、ああ、食いもんの話じゃないのか、とエージは気づく。
アズミは動物の話がしたいのだ。
「えっと。犬とか。」
「犬って肉?」
「いや、そうじゃなくて。犬、好きだったって話。」
なぜか過去形になる自分が不思議だった。
今は嫌いなのか、と問われれば、そんなはずはないと思う。
「明神、お魚、好きだよ!」
アズミが、ぴょん、と飛んでくる。
「へぇ。」
あの貧乏くさい男は、食えるものなら、何でも好きなんじゃないか、と喉元まで出かかった言葉をぐっと飲みこむ。
大人だからな。俺、大人だから。
自分に言い聞かせるエージ。
「この前ね!明神、お魚の鱗、研究してた!」
「鱗?」
嫌な予感がする。
なんというか……この流れは、何か嫌な予感がする。
その予感は、決して、彼を裏切らなかった。
「明神ね、鱗が目に入るかどうか、研究してた!」
ぴょん、と飛び跳ねて、アズミが主張する。
「無理だったって!」
当たり前だろ。
っていうか、危ないだろ。絶対。それ。
と、言いかけて、その言葉もエージはぐっと飲み込んだ。
大人だからな。俺、むちゃくちゃ大人だから。
「目から鱗」について研究している明神なんかとは違うんだ。
ぴょん、ぴょん、と跳ねながら、アズミは絵本を抱えて明神の元へと走っていった。
その背を見送りながら。
ま、いっか。
またごろりと転がって。
そんな日常ならば。
現在形で「好き」と言える気がして。
そんな自分がエージには不思議だった。