誰が買ったものかは分からない。
リビングの片隅に置きっぱなしのジグソーパズル。
150ピース程度の小さなそれを、姫乃は一人組み立ててみた。
青空に桜の映える鮮やかな景色。
次第次第にできあがる美しい写真に、嬉しくなってくる。
誰に見せよう。
きっとアズミちゃんは喜んでくれるはず。
ガクリンも褒めてくれるかもしれない。
明神さんはどうかな。
残りピースが5つになったとき、姫乃は気づく。
あれ?
足りない?
小さな欠片が1つ足りない。
「どうした?ヒメノン。」
首をひねる姫乃に通りすがりのガクが問う。
そして完成寸前のパズルを見て。
「ああ。それか。」
合点したように呟いた。
「どこ行ったのかな。最後の1個。」
自分の膝の下や、ソファの隙間に手を差し入れる姫乃に。
「探しても無駄だ。」
ガクがはっきりとそう告げる。
「理由は……話せば長いのだが。」
なにやら話したそうなガクに、姫乃が笑った。
「どんな話?」
晩春の風がリビングのカーテンを揺らす。
「それは……ずいぶん前のことになる。」
淡々とガクが話し始めた。
「その日は快晴で……ツキタケと俺は真実の愛を探す旅に出ようとしていた。そう、ヒメノン、君に逢う前のことだ。」
穏やかな風が頬を撫でる。
「リビングを通って玄関に向かう俺たちの行く手に、いい年して熱心にパズルを組み立てる明神の姿が見えた。俺は、明神の頭の悪さを笑ってやろうと、とりあえず立ち止まった。」
「パズルって、これ?」
「そうだ。そのパズルだ。」
現実世界では、桜の季節はずいぶん前に終わってしまった。
暖かい午後の陽射し。
「そのときツキタケが気づいた。箱の裏を見てみろ。ヒメノン。」
「え。」
ガクに促されてパズルの箱をひっくり返す。ずっとパズルの完成図である表面ばかり眺めていたから、気づかなかったけれど。
「……あ。」
そこには大きな鉛筆書きの文字が走っていた。
漢字ドリルが終わったら最後の1ピース返してやる
「これって明神さんの……。」
明神さんの師匠だった人は、なんで、明神さんに漢字ドリルなんか、やらせたんだろう。
そんなに漢字が書けなかったのかな。明神さん。
まばたきして考える姫乃に。
ガクが遠い目をして呟いた。
「明神は、そのときまでメモに気づいていなかったらしい。そして……明神が漢字ドリルなど、やるはずがない。」
「……うん。」
「だから、最後の1ピースは諦めろ。ヒメノン。」
そう言ってから、ガクは陰気に笑って。
「俺が作ってやるから。」
ぽん、と小さな欠片を手のひらの上に作り出し。
「ほら、これで完成だ。」
姫乃の組み立てたパズルの最後の穴を埋める。
そこでは、青空の下、満開の桜が咲き乱れていた。