「ねぇ。」
姫乃は誰にでも話しかける。
一瞬、話しかけられたのが自分だと気づかなかったツキタケは、周りを見回してから。
「おいら?」
と返事ともつかない声を返す。
「うん。」
CMが流れ続けるテレビの前には、ツキタケと姫乃だけ。
他に話かけようがない。
別段、重要な話をするそぶりもなかったけれども。
「ヒメノンって呼び方、変じゃない?」
もうすっかり慣れているもんだと思っていたあだ名を、姫乃が不安そうに口にするので。
「語呂がいいから、いいんじゃないっすか。」
兄貴も気に入っているみたいだし、と。
ツキタケはフォローにならないフォローを入れた。
「だけど『ん』を付けただけだよね。」
単純だよねぇ!
姫乃が少し照れたように笑うのを見て。
別にそんな嫌がってるわけでもないのか、とツキタケは安堵する。
嫌いなあだ名で呼ばれるのは、あんまりいい気分じゃない。
でも、このネェちゃんはきっと、嫌だとか止めてとか、言わない気がするから。
「ねぇ。」
テレビに視線を戻したツキタケを、姫乃がもう一度呼ぶ。
「ん?」
「ツキタケン……?」
一瞬、何のことか分かりかねたツキタケは、けほっと勢いよくむせた。
「それ……ひどくねぇすか?」
「うん。ごめん。私もそう思う。」
ヒメノンだったらそれなりにかわいいけど。
ツキタケンはあんまりだ。
「エージンもひどいね。」
「アズミン……は、まぁ、ありスか?」
兄貴はガクリンって自分で名乗ってたからいいとして。
姫乃とツキタケは顔を見合わせた。
顔を見合わせたまま、言葉を探しかねて、沈黙する。
ミョウジンン……?
発音できないあだ名になりそうな管理人は。
ツキタケンやエージンより、ずっと可哀想かもしれない。
優しい二人は、CMあけのTV画面に慌てて視線を戻し。
何にも気づかなかったことに決めた。