うたかた荘は今日も平和だ、と思う。
もっとも、ガクにしてみれば、別に平和だろうが平和じゃなかろうが構わない。
ただ、ヒメノンさえ幸せでいてくれたらそれでイイ。ヒメノン以外はどうでもイイ。
それが本音である。
しかし当の姫乃は、今、高校に行っている。
見上げれば曇り空。
ヒメノンは傘を持っていっただろうか。
もしかしたら降るかもしれない。
手を空にかざそうとして、ガクはふと雨を受けることのない自らの手のひらを見る。
雨が降ろうとも、この身に触れることはない。
雨にさえ無視される、この悲しみ!!!
とりあえず、定番の自己完結を済ませ、ガクはうたかた荘の前にぼんやりと立ち尽くす。
暇だ。
ヒメノン、今日は六時間目まであるのかな。
うたかた荘の中では、さきほどからばたばたと尋常ではない音がしている。
あのあほと、あほの弟分とが、サブミッションとやらで盛り上がっているに違いない。
こんなときには近づかないに限る。
しかしそれにしても暇だ。
散歩でもしながら、ヒメノンへの愛の言葉を考えるか。
歩き出そうとしたガクの背に小さな怪獣が突撃してきた。
振り返れば泣きそうな顔で背中にしがみつくアズミ。
「?」
首をかしげるガクを見上げ、アズミはその大きな瞳にじわりと涙を浮かべた。
「大変なの!」
言葉が見つからないらしい。もどかしげに何度も瞬きをして。
「あの、あのね!」
一生懸命訴えかける。
ガクは黙ってアズミを抱き上げた。
「大変なの!エージがね。」
うたかた荘を指さすアズミ。
「エージが。」
軽く頭を撫でてやれば、アズミは大きく息を吸い込んで。
「エージが死んじゃう!!!」
ガクの頭にぎゅっとしがみつく。
「明神と遊んでてね、エージね、息がぜぇぜぇしてね。ダイジョブ?って聞いたら、死んじゃうかもって。」
そしてぐすんと鼻をすすり上げる。
しばらくアズミの真剣な顔を見据えていたガクは。
ぽふ。
とアズミの背を叩いて。
「そういうときには『お前はもう死んでいる』と教えてやればイイ。」
アズミにすこぶる教育的指導を施しながら。
あのあほと、あほの弟分に、どんな制裁を加えてやろうかと。
自称「姫乃だけを愛する男」は、かなり不穏なことを結構本気で考えていた。