夜明け前の空。
仕事柄、しかたがないとはいえ。
「ふぇ。」
弟子があくびをかみ殺しているのを見ると、少し不憫になってくる。
「眠いか。」
「別に。」
そっぽを向く弟子。
「俺は眠いぞ。」
堂々と大あくびする俺に、眉を寄せる。
一刻も早く家に連れ帰って寝かせてやりたいのは山々だが、始発までまだしばらくある。タクシーなんて高級なものに乗せてやるだけの金はない。
公園のベンチで俺はカップ酒。こいつにはココア。あとバナナな。バナナ。
「甘。」
ぼそっと呟く弟子。いやそうな声な割にはいつも喜んで飲むよな。お前。甘いの、好きだろ。ガキだから。
なんていうと、不機嫌になって遊んでくれなくなるから、黙る。
「なぁ、冬悟。」
夜明け前ってのは冷える。俺は酒飲んでいるからいいけど。冷めたココアじゃたいして体温まらないんじゃねぇか。つうか、むしろ体冷えるんじゃねぇか?
「寒いか。」
「別に。」
両手で缶を抱えて俯く弟子。
かわいそうにな。寒いよな。
抱きしめてやろうかとも思ったが、そんなことしたら三日は遊んでくれないだろうから、やめておく。
「オッサン。」
「うん?」
真っ暗な空。
「アパート、買うんだろ。」
「おう。」
「買ってどうすんだ?」
隣に座る弟子の横顔は相変わらず仏頂面で。
「そうだなあ。あんま考えてねぇけど。」
星とか見えねぇのな。今夜は。
「そこに住んで薔薇色の毎日を送るってのでどうだ?」
公園の街灯もまばらで。
「薔薇色ってどんな色だよ。」
「バラの色だろ。」
「バラっつったっていろんな色があるだろうが。」
仏頂面でバラを語る弟子。
うはは!似合わねぇ!!!
なんて言ったら、三週間は遊んでくれないだろうから、言わないでおく。
ふと気づけば、ビルの狭間の雲が薄く朱をはいたように染まり始めている。
夜が明けるな。もうすぐ電車も走りだす。
「ほら、冬悟。」
雲がみるみる朱色に染まって。
「あれが薔薇色ってヤツだろ。」
あわせた両手に息を吹きかけながら、弟子が目を上げる。
なぁ、見えるだろ。
お前の前には薔薇色の世界がある。
「んだよ。」
仏頂面のまま、弟子は目をそらした。
「……ただの朝焼けの色じゃねぇか。」
俺の方を見もしねぇ弟子。
まぁ、そうだな。普段どおりの薔薇色の夜明けだ。
弟子はぶすっとむくれたままで、眉間にしわを寄せて。
本当に本当に小さい声で。
「今のままで十分だろ。」
それだけ言って空き缶を捨てるべくそそくさと立ち上がった。
ああ?何だ?弟子。今の台詞、もう一度、言ってくれ!
お父さん、もう年だから、よく聞き取れなかったぞ!
もしかしてお前、それ、今のままの日常で十分幸せとか、そういうことか?
その、なんだ、あれだ、今が十分薔薇色の日常だとか、そういうことか?
なんて聞いたら……弟子、怒るかな。怒るよな。
「帰るぞ。オッサン。」
振り返りもしねぇ弟子。うわ、むちゃくちゃ照れてやがる。
ああもうここで何か言ったら、俺、絶対、三ヶ月は遊んでもらえない。
下手したら半年くらい遊んでもらえない。
弟子はすたすたと駅に向かって歩き出す。
俺はうーんと大きく伸びをした。