目が覚めたときにはもう日は昇っていた。
きらきら光る朝陽。
「う……ん。」
大きく伸びをして耳を澄ます。
うたかた荘はしんとして、人の動き回る気配もない。
みんな一緒に除夜の鐘を聞いて。
「あけましておめでとう!」と挨拶を交わして。
そのまますぐに「おやすみなさい!」だった昨夜。
エージくんとツキタケくんは初日の出見るんだって張り切ってたけど、ちゃんと起きられたのかな。
窓を開ける。
冬の凛と冷えた風が頬を撫でる。
「ヒメノン。」
窓の外、声の主はアズミを抱えて、玄関先から姫乃を見上げている。
「ちょっと出ておいで。」
窓の外で手招きをするガクに、上着を羽織って飛び出せば。
「凍ってる。」
「氷だよ!姫乃!」
玄関横、雨どいの下にうっすらと氷が張っていた。
「東京来て初めて見たよ。」
きらきら光る薄氷。
指先で拾い上げれば、ようやく摘める程度の薄い薄い氷。
みんなにも見せてあげたくて。
「ガクリン。みんなは?」
「ツキタケとエージはリビングで寝ていたが。」
さっき駆け抜けたリビングに戻れば、玄関の物音に気づいたらしく、ソファの隅でエージが身を起こしたところだった。
「おはよう。姫乃。」
「ごめん。起こしちゃったね。」
エージのすぐ横で丸くなるように眠るツキタケ。
二人は眠い目をこすって初日の出を見に行った後、そのままリビングで寝なおしてしまったものらしい。
「見て。エージくん。初氷。」
きらきら光る氷に、エージはちょっとびっくりした様子で。
「寒いわけだ。」
と小さく呟いてから笑った。
「何でも『初』を付けりゃいいってもんじゃねぇぞ。」
アズミがぴょんとソファに飛び乗る。
もぞもぞと身じろぎするツキタケ。まだ寝たりないらしい。
「なぁ、姫乃。その氷をさ。」
「ん?」
何かをひらめいたらしいエージの指先を視線でたどれば。
廊下の先にすごい寝相で寝こけている管理人の姿があった。
管理人室の扉が開いている。そして点々と続くよだれのあと。
「あいかわらず芸術的な寝相だな。」
呆れ果てたようにガク。
エージがにやりと自分の額を指す。
「乗っけてやれよ。あいつのここに。」
一月のボロアパートの廊下は決して温かくなんかない。そこで爆睡できる明神は、やはり頑丈な男である。だが、それでも額にいきなり氷など乗せられたら、びっくりするに違いない。
「んん。」
アズミに小突かれて、ツキタケがぼんやりと目を開けた。
「何やってんすか。」
ふぁとあくびをしながら、ガクに尋ねれば。
「まぁ見てろ。」
にやりと頷く。
「もう十時だろ。起こしてもいいって。」
足音を忍ばせて明神の横まで行ったものの、困ったように氷と明神を見比べていた姫乃の背を、にやにやとエージが押す。
「ほら、アズミも頼めよ。明神を起こそうって。な?」
「姫乃!明神起こそうよ!」
アズミにまでせっつかれて。
姫乃は指の間でだんだん薄くなってゆく氷のかけらを。
そっと明神の額に乗せる。
「んが……!?」
びくり、と反応する明神。
涼やかな光を残して溶ける薄氷。
「やめろよ……っ!」
目を閉じたまま、明神は姫乃の手を乱暴にがしっと掴み。
「……ん?」
ゆっくりと薄目を開く。
寝ぼけた明神の視界には、彼を覗き込んでいるうたかた荘の住人たち。
「……んだよ。オッサンじゃねぇのかよ。」
大の字に寝そべったまま。
明神はゆっくりと全員を見回して。
小さく、ふっと幸せそうに微笑んで。
それから。
また。
豪快な寝息を立て始めた。
「って、この展開でまだ寝るのかよ!!!」
エージのツッコミが響く。
うたかた荘は正月もにぎやかであった。