年の瀬である。
アズミの言い方を借りれば、一年のシッポである。
うたかた荘もご多分に漏れず、大掃除で忙しかった。とはいえ、忙しいのは生きている人間だけ。陽魂たちは手伝いたくても手伝えないので、ぼんやり見ているほかない。
どうせ手が足りないのだろうと顔を出してくれた十味も加わって、三人の大掃除となれば、自然とガクには子守が回ってくる。とはいえ、エージやツキタケはガクに子守されるほど子供でもない。
そんなわけで。
アズミを膝に乗せたガクは、かいがいしく床を水拭きする姫乃の背をぼんやりと眺めている。
「ご本!」
ガクを見上げてアズミが甘えた声を出す。
「シッポのお話、読んで!」
緩慢な動きでアズミの頭を軽く撫で、ガクが首をかしげた。
「昨日も読んだだろう。」
「今日も!」
促されて、ガクはゆっくりと手を伸ばし、ぽん、と絵本を作り出した。
へ?
リビングの隅でテレビを見ていたエージが驚いたように振り返る。まさか、ガクが自ら絵本を作り出すとは。
「シッポのおはなし。」
ガクの陰々滅々たる声が、冬の陽射し明るいうたかた荘のリビングに響く。
「狼さんは今日も気だるく歩いていました。すると花畑で赤い頭巾をかぶった女の子を見つけました。」
ふぅ、と姫乃が立ち上がり、雑巾をゆすぐ。
「狼さんは言いました。『お嬢さん、俺とお茶でもいかがです?』」
なんだ、赤頭巾か、とはたき片手に十味が頷く。
「赤頭巾ちゃんはにっこり微笑んで答えます。『悪いけど、私そんな安い女じゃありませんから。』狼さんはたじたじです。」
十味と姫乃が顔を見合わせる。何か違うけど、まぁいいか。
「しばらく狼さんを値踏みするように眺めていた赤頭巾ちゃんは、『あなたのシッポ、気に入ったわ。お寄越しなさい。』と言いました。」
ずるっとエージが体勢を崩す。いったいどんな赤頭巾だ。そりゃ。
「狼さんはもちろん断りました。すると赤頭巾ちゃんは『ならば奪い取るのみ!』と決然と言い放ちます。」
ツキタケがそっとガクの背後から絵本を覗き込む。
「狼さんにも譲れないものはあります。睨みあう二人。じりじりと時間ばかりが流れます。先に動いたら負け。そんな緊迫感がお花畑いっぱいに満ちています。」
明神がガクの方を何度も振り返る。だが、アズミは熱心に絵本を見つめ、ガクの声に耳を傾けている。
「そのとき、大きな置時計からバトルの温さに苛立った七匹の子ヤギさんが飛び出してきました。子ヤギさんたちは、動こうとしないない二人に厳重注意を与え、『レディ!ファイッ!』と試合の再開を宣言します。今度注意を受ければ、反則負けになってしまうかもしれません。狼さんは動揺しました。赤頭巾ちゃんは血のように赤い舌でぺろりと唇を舐め、余裕の笑みを浮かべます。」
七匹の子ヤギの話と赤頭巾は別の話だったんじゃないかな、と姫乃は思った。だが、思っただけで黙っていることにした。
「先に動いたのは狼さんでした。鋭い爪で赤頭巾ちゃんの喉笛を切り裂こうとします。しかし赤頭巾ちゃんは軽やかにかわすと、正拳突きを繰り出してきました。それをぎりぎりで受け流す狼さん。」
いつの間にか、エージも絵本を覗き込むために、ガクの横に移動している。
「そのときでした。遠くから歌声が聞こえてきました。『狼なんか怖くない♪怖くないったら怖くない♪』そうです。すさんだ目をしたヤツらがやってきたのです。」
今度は三匹の子豚か。十味はちらりとガクに目をやった。
「狼さんが明らかにひるんだのを見て、赤頭巾ちゃんはにやりと笑い、頭巾をばさっと脱ぎ捨てました。『見るがいい!赤頭巾とは世を忍ぶ仮の姿!その正体は……白雪姫だ!』なんと赤頭巾ちゃんの正体は白雪姫だったのです。」
えええ?!
よく分からないままに姫乃はびっくりした。そしてついに意を決して掃除を中断し、絵本を覗きに行く。
「『はいほーはいほー♪はいほーはいほー♪』すさんだ歌声が近づいてきます。『七匹の超勇敢な私の子豚さんたちがお前にいたずら電話をかけるためにやってくる。いたずら電話が怖ければ、素直にシッポを渡すことだな。』すさんだ目をした七匹の子豚たちの足音が、お花畑のすぐそばまで来ています。」
十味が振り向くと明神までもが絵本を見に行っている。
全く。掃除しておるのはわしだけか!
苦笑しながら、結局、十味も絵本を覗きに行くことにした。
「白雪姫と七匹の子豚さんたちから、いたずら電話をされるか。それともシッポを差し出すか。狼さんは悩みました。しかしもう時間がありません。『分かった。』狼さんは決意を固めると、ゆっくりと目を閉じました。……続く。」
「えええ?」
思わず声を出したのはツキタケだった。ガクの視線を感じて慌てて口をつぐむ。
「昼寝の時間だ。」
「アズミ、まだ眠くないよ!」
「ダメだ。寝ろ。」
問答無用でアズミを抱き上げるガク。
急いで道を開けるうたかた荘の面々。
絵本の続きが気になるなんて、言えなくて。
「……絵本のくせに続くのかよ……!」
エージの精一杯のツッコミが大晦日のうたかた荘に響くのみだった。