うたかた荘では、一応、陽魂たちにも部屋が割り振られている。
エージの部屋は姫乃に取られてしまったが、それはそれでしかたがない。もともと、そういう約束で3号室に寝起きしていたのだから。
陽魂たちにとっては、実際のところ、部屋などどうでも良かったりもするのだが。何しろ、壁などあってなきがごとし。
そのとき、ガクが壁からぬっと姿を現したのも、うたかた荘では普通の光景で。もちろん、びっくりするときはびっくりするが、せいぜいびっくりするだけである。
「!」
廊下で素振りをしていたエージと出くわして、びっくりしたのは、むしろガクの方だった。
手にしていた何かを慌てて懐に押し込む。手のひらに隠れるくらいのサイズのそれ。
「何だよ。」
見逃してやるのがクールで最強なオトナかとも思ったが、それにしてはあんまりにもこれ見よがしな隠し方だった。聞いてほしいのかなと、いらん気を利かせて問いかけたエージに、ガクが困惑したように目をそらす。
「何でもない。」
姫乃の写真か何かかな、と。
エージはクールに最強に考えた。
しかし、冷静に考えれば、写真を持って歩けるとも思われない。
念写したとかか?
ちょっと懐かしい超能力用語とかを引っ張り出してみたりしながら、エージは首をかしげた。
「何を見ている。」
むすっとしたガクの声。
「いや、さっき持っていたものが気になってさ。」
こんなときは、子供らしく素直に聞くに限る。開き直ったエージに、ガクはまた困ったように黙った。
そして。
「見せてやってもいいが。」
陰気にそう呟いて。
「いやいや、やはりやめておこう。」
もったいぶりながら自分の言葉を打ち消した。
そうなれば、嫌がおうにも気になるのは人の世の常。
「見せろよ!」
飛びついたエージをかわして、ガクが舌を出す。
「だめだ。」
付け加えるように低く、自慢のコレクションだからな、と言い残し、ガクは立ち去ろうとした。
「待てって!」
もう一度飛び掛ったエージに軽くバランスを崩しながら、ガクはそれでも懐に隠した何かを見せようとはしない。
姫乃の写真だったら、きっと姫乃が薄気味悪く思うだろうから、取り返してやるのがクールに最強ってヤツだぜ!と、自らに言い聞かせつつタイミングをうかがうエージに、ガクが大げさなため息をついた。
「分かった。誰にも言うなよ。」
ごそごそと懐から取り出したそれに。
エージは黙り込む。
「じゃあ、俺は行くから。」
懐にそれをもう一度押し込んで、ガクがゆらりと歩き出す。
「お、おう!」
なんであいつ、アズミの落書きなんかコレクションしているんだ?
なんて悩むまでもないことで。
家族だったら、きっと、当り前のことで。
振り向きもせずに立ち去ったガクの背中を見送りながら。
今日のところは何も見なかったことにしよう、と。
エージは素振りの練習に戻ることにした。