アズミが跳ねる。
アズミが走る。
アズミが飛びつく。
そんな怪獣のような少女を受け止めるのは、明神だったり、エージだったり、ときにはガクだったり、ツキタケだったりするけれど。
自分だけは受け止めてやれなくて。
もちろん、それは生きている人間にとって当たり前のことには違いない。それは分かっている。
庭を走っているアズミを眺めながら、姫乃は洗濯物を干していた。
「あ!」
勢いよく駆け抜けたアズミがぱたりと転ぶ。
「大丈夫?」
泣くかな、と、慌てた姫乃の目の前で、唇をかみしめてがばりとアズミが身を起こす。
撫でてやりたくても、抱きしめてやりたくても、それは無理だけれども。
目の前にいるアズミが見えるから。
「アズミちゃん、痛くない?平気?」
顔を覗き込めば、アズミが泣きそうな目でうなずく。
「痛いけど泣かないよ!我慢したら、明神が褒めてくれるもん。」
「そっか。」
泣いたっていいんだよ。
そう言いかけて、姫乃はその言葉を飲み込んだ。
抱きしめてあげられない自分に、その言葉を言う資格はないのかもしれない。
「姫乃、転んだら泣く?」
「う。」
もしかしたら、泣くかも。
覗き込むアズミのまっすぐな目にたじろぐ。
「泣いて泣いて泣いてほーるどみーおん?」
「へ?」
奇妙な呪文を口にして、小首をかしげるアズミに、瞬きを繰り返す姫乃。
「それ、何?」
「お歌!テレビでやってた!」
泣いて泣いて泣いてほーるどみーおん……。
口の中で三度ほど、繰り返して、姫乃ははたと理解する。ああ!モーニング娘のあれか!
しかし、何か違ったような。
思案する姫乃に、アズミが無邪気に尋ねた。
「ね、どういう意味?」
どういう意味、と聞かれると困る。
そもそも、歌詞が何か間違っている気がするし。歌詞があっていたとしても、なんと言うか、その。
「明神にどういう意味って聞いたら、女の子の歌だから姫乃に聞けって!」
あ。明神さん、逃げたな……!
姫乃は素直に脱力した。ずるいよ。明神さん!
洗濯物を揺らす気持ちのいい風が吹く。
そして脳裏をよぎるメロディに。
あー!思い出した!「泣いて」じゃなくて「抱いて」だ!
とか何とか。
正しい歌詞を思い出して。
あの性悪管理人……!!
にこにこと姫乃の答えを待つアズミの視線に、意味もなく赤面した。