シャワーの出が悪いなどというのはいつものことで。
明神はとっくの昔にそんなことあきらめてしまっている。
風呂など、体と髪を洗えればそれで十分。
銭湯に行かなくてすむだけ御の字である。
勢いよく泡立てたシャンプーで髪をがしがしとかき回しているところに。
「ん?」
ふと背後に誰かの気配があった。
「……。」
まず間違いなく姫乃ではない。
姫乃が明神入浴中と知っていながら風呂に入ってきたとしたら、ハセでも襲ってきて逃げ込んできたか、さもなきゃ管理人へのセクハラ行為である。さすがに女子高生にセクハラしてもらえるなら、どんと来い!と胸を張れるほどには明神も立派なオヤジではなかった。花も恥らううら若き管理人のつもりである。
となれば、生きていない方の誰かであるわけで。
覗かない清き魂って、張り紙貼ったというのに。
「……。」
アズミではない。アズミなら飛びついてくるはずだ。
エージでもないだろう。妙なところで律儀で誇り高い彼が、人の風呂を覗くとも思えない。
ガクは以前たまたま通りがかってしまったことがあるが、そのときだって、あからさまに嫌なものを見たという顔でそのまま通り抜けていったのだから、今日に限って背後に立ち尽くすとも思えない。
「……どうした。ツキタケ。」
「……う。」
消去法で呼びかければ、ツキタケが困ったように小さく声を上げる。
ガクにべったりのツキタケだが、基本的には素直な良い子だ。
そのツキタケがこっそり明神の風呂に入ってきたのだから、何か用があるに違いない。
「腹でも痛いのか?」
耳の後ろのあたりをごしごしと泡だてながら、振り向きもせずに、しかし笑いを含んだ声で明神が尋ねれば。
「違ぇよ。」
むっとしたように言い返すツキタケ。
「じゃあ何だ?」
明神の声にツキタケが困ったように俯く気配。
「俺以外誰もいねぇぞ?」
背中を押すように笑えば。
「あのさ。」
ツキタケはようやく口を開く。
「明日。」
「ん?明日?」
「テレビでとなりのトトロやるって。」
そこまで言ってツキタケはまた言葉に詰まった。
「おー。そうか。そうか。そんな季節か。」
シャワーをぐっとたぐりよせ、明神が勢いよく蛇口をひねる。
「よっし、俺は絶対見るぞ。ツキタケも一緒にどうだ?」
一瞬でツキタケの気配がぱっと華やいだ。
「べ、別に付き合ってやってもいいぜ?」
口を尖らせながら言っているであろうツキタケの気配に。
俯いて泡まみれの髪をゆすぎつつ、明神は小さく微笑んだ。
「おう。絶対一緒に見ような!」