レンズ(エージ&ツキタケ)
そこはかとなくうろこ物語第十話。
ツキタケが沈んでいる。
普段からぶすっとした愛想のない表情をしていることが多いツキタケであっても、決して暗いわけではない。
そのツキタケが俯いて何か考え込んでいる様子で、膝を抱えて早半日。
こりゃ、絶対、何かあったな、と。
エージは眉を寄せた。
「……。」
視界に入ったエージの足に、びくりと顔を上げるツキタケ。
「何だよ。」
「……何でもねぇよ。」
とりあえず隣に座る。
同情とかじゃなくて。
こんな暗い面したヤツがうたかた荘にいるのがうっとうしくて嫌だ。
ただ、それだけ。
ツキタケはエージをちらりと見たが、拒絶はしなかった。
「……。」
どれくらい、黙っていただろうか。
「昨日、兄貴と一緒に、墓、見てきたんだ。そしたら兄貴が……。」
ぽつりとツキタケが呟いた。
あー、やっぱりな。何あったんだよ。
エージは黙ったまま天井を見上げる。
「姫乃に『好き』って言われたら、思い残すこと、ないって。」
ちらりとツキタケに目をやる。
「それで?」
「思い残すことなくなったら、兄貴、成仏しちゃうだろ。」
「……それで。」
「そしたら、俺、一人になる。」
「……。」
ホントに一人かよ?
そう突っ込んでやる気はしなかった。
一人だと思いたいヤツは勝手に思っておけばいい。俺は明神じゃない。
「それにさ。兄貴、せっかく恋がかなっても、それじゃすぐ姫乃とお別れになるだろ。」
「……。」
「そんなの、あんまりじゃないか。」
ツキタケがとつとつと語る。
エージは視線を天井へと戻した。
「でもそれはいいんだ。兄貴が決めたことなら……だけど……。」
しばらくためらってから。
「……どっちにしろ。」
「……。」
「ありえない、って思って。」
「……。」
こいつは。
何、ぐちゃぐちゃ考えてんだか。
ガクの恋がかなわないのも、ガクの恋がかなうのも。
全部、悪い方にばっかり考えやがって。
お前が背負い込むことじゃないだろうが。
そう言ってやる気はしなかった。
そう思いたいヤツには勝手に思わせておけば良い。俺はおせっかいな明神じゃない。
窓の外を風が吹く。
ツキタケが、はぁ、と息を吐いた。
「だってよ……コンタクトレンズだぜ?」
「……へ?」
「誰かが墓の前に、使い捨てのコンタクト置いてったんだ。」
「へ?」
「なんでお供えにわざわざコンタクトなんだよ。ありえない、だろ。」
ツキタケはもう一度ため息をついて、膝の間に顔をうずめた。
ボロアパートの壁から静かに隙間風が吹きこんでいた。