今日はこどもの日。
「そもそもこどもの日とは何をする日だ。」
ジュナスの唐突な問いかけに、ドルキは眉を寄せた。
「ああ?」
だがすぐに理解する。
恐らく、我らが第二星将殿は、こどもの日というものを本当にご存じないのだ。
しかし、彼にはそれを知る必要があった。
もちろん、カプリコのために、だろう。
「何って、そうだな、鯉のぼりっていう布で作った鯉を飾ったり、風呂に菖蒲の葉を入れたりするんだが。」
「布で作った鯉?風呂に菖蒲の葉?貴様、正気か。」
険しい目で睨まれても、ドルキとしては困るばかりである。
嘘は言っていない。
だが確かに、何も知らないジュナスには、疑わしい情報と思われたかもしれない。
来歴をきちんと説明しない限り、かなり不条理なイベントには違いない。
「まあ、その、あれだ。五月五日は男のガキのための日で、女のガキは三月三日に祝うもんだからな。」
それとなく、カプリコには関係ないことをほのめかそうとしたものの。
「……。」
さらに鋭い目で睨み付けられる。
ドルキとしては困惑するばかりである。
目の前に立ちはだかり、苛立たしげに睨み付けてくる第二星将を納得させ、かつ、我が身の平穏を守るためにどうしたらいいか。
ドルキは全力で考えた。
こどもの日らしいイベントで、しかも、ジュナスにも理解できるもの。
柏餅は無理だ。
なぜ柏の葉で餅を包むのか、とか、説明できない。
ちまきはもっと無理だ。
そもそもちまきが、どんな食べ物なのか、ドルキ自身よく分かっていない。
兜を飾るとか、五月人形を飾るとかいう話も、説明がめんどくさい。
というか、ドルキだって、こどもの日についてなど、全く詳しくはないのだ。
ジュナスよりはまし、という程度の知識に過ぎない。
途方に暮れかけたそのとき。
「ああ、そうだ。」
ドルキは閃いた。
これ以上ない、理想的な回答があった。
「身長を測ったりもするな。柱に印を付けておいて、毎年、どれだけ成長したか、確認する。」
「……なるほど。」
ありがたいことに、ドルキの答えは、ジュナスを納得させたらしかった。
二度ほど浅く頷くと、ジュナスはその場を立ち去った。
礼の言葉などもとより期待してはいなかったが。
「……感謝する。」
立ち去り際に低く呟かれた一言に、ドルキは目を見開いた。
人間、変われば変わるものかね。
後ろ姿が消えると同時に、ドルキは深く安堵の息を吐いた。
「おっおー!」
カプリコが跳ねる。
「じっとしていろ。」
肩を押さえ、顎を支え、姿勢を正してから、柱に印を付ける。
「何で測る?」
「こどもの日だからだ。」
カプリコの目がまっすぐにジュナスを見る。
「そっか!」
来年までには、額の傷も癒えるだろうか。
それともこの傷跡は一生消えないのだろうか。
いずれでも構いはしないが。
「この線か!」
柱を見上げ、カプリコが確認する。
「そうだ。その線がお前の身長だ。」
日付など何の役にも立たないこの世界でも、一年が過ぎたことくらいは、分かるだろう。
「来年の今頃、また測ってやる。」
「来年か!」
「そうだ。来年だ。」
カプリコは背伸びして柱に触れる。
「来年はこれくらいか?」
「さあな。」
一年では、そんなに大きくはなるまい。
だが分からない。
子供が一年でどれくらい大きくなるものなのか、など、ジュナスは知らない。
「来年の次の年も?」
「ああ。測ろう。」
「その次の年も?」
「ああ。」
「ずっとずっと、大人になるまで?」
「もちろんだ。」
カプリコが声を立てて笑う。
何がおかしいのかなど、ジュナスには分からない。
カプリコの何もかもが、ジュナスには分からない。
どうして彼女のことが、こんなにいろいろと気に掛かるのかすら、ジュナス自身には不思議でならなかった。
子供を大事にしてやりたいと思うのは当然の人の情だ、とグラナは言う。
情が移ったのか、と弥勒は言う。
そういうものなのかもしれない。
だがジュナスには分からない。
「ジュナスも測るか?」
クレヨンを握りしめたカプリコが、ジュナスを見上げる。
「測ってもいいが、届くまい。」
そう応じれば、カプリコは不満そうに頬を膨らます。
「だったら、しゃがんで!」
「それでは測れまい。」
ますます不満そうなカプリコに苦笑する。
仕方がない。
このまま拗ねられては、後が面倒だ。
「これでいいか。」
柱の傍らに立って、そのままカプリコを抱き上げる。
肩に手をついて、カプリコは身を乗り出した。
ぐっと、クレヨンを握りしめた腕が伸びる。
「おっおー!」
満足げな声に振り返れば、柱にはやけに鮮やかな赤で印が付いている。
太い線がごりごりと幾重にも重なって。
「それがジュナスの!」
身長の記録とするには、あまりにもおおざっぱな線ではあったけれども。
「そうか。」
どうせもうさほど背は伸びまい。
カプリコが、だんだんと大きくなって、二人の身長差がだんだんと小さくなってゆく。
それもまた悪くない。
そう。
確かに。
「悪くないな。」
来年、そして再来年。
これから何度、柱の印を見る日が来るのだろうか。
この世界はそのときどうなっているのだろうか。
そんなこと、誰にも分からないけれども。
時が流れるというのは、多分、そういうことなのだ。
「来年が楽しみだな!ジュナス!」
五月五日はこどもの日。