今日はこどもの日。
だがうたかた荘の面々にとっては、普段と変わらないただの休日だ。
少なくとも管理人はそう思ってた。
けれど。
「背、伸びた?」
うきうきした少女の声に明神は振り返る。
一階の廊下で、アズミがガクを見上げている。
背筋をぴんと伸ばして、身体検査のときのように。
いや、違う。
身体検査だ。
身長を測ってやっているのだ。
そう気づいて、明神は戸惑う。
アズミはもう大きくはならない。
これ以上は、もう。
「伸びた?ねえ、大きくなった?」
はしゃぐような声。
ガクは腕を伸ばし、頭を撫でる。
「当たり前だ。子供は、毎日、大きくなるものだからな。」
そううっそりと笑って、柱に触れた。
「今年の身長はここ。」
ぴょんと跳ねるように柱から離れるアズミ。
「来年は?」
「来年はもっと大きくなっているさ。」
「どれくらい?」
「分からん。」
「エージくらい?」
「さあ。」
「明神くらい?」
「かもしれんな。」
アズミは嬉しそうにぴょんぴょん跳ねる。
そんなの空約束だ、ということくらい、ガクだって分かっているはずだ。
確かに子供は毎日大きくなる。
しかしそれは生きている子供だけ。
「姉ちゃんも測れば?」
廊下の反対側からツキタケの声がする。
どうやら騒動を見守っていたのは、管理人だけではなかったらしい。
「そうだな、姫乃、測れよ。」
エージの声。
うたかた荘には野次馬が多い。
まあ、いつものことだけれども。
「おいで、ヒメノン。」
「姫乃!姫乃も!」
ガクに手招きされ、アズミにはしゃがれて、後には引けなくなったらしい。
姫乃がおずおずと廊下に姿を見せる。
エージもツキタケも分かっている。
生きている者しか、背は伸びない。
アズミはもう成長しない。
エージなど、妹に追い抜かれたと、つい先日、やけに嬉しそうに悔しがっていたくらいだ。
「これでいい?ガクリン。」
柱の前に立つ姫乃の髪を、ガクがそっと撫でる。
もちろん触れることなど、できはしないけれども。
「……明神。」
陰鬱な声でガクが呼ぶ。
「たまには働け。」
「何だよ、いきなり。」
管理人室から顔を出せば、陰気な目が明神を見やった。
「ヒメノンの身長を記録しておけ。」
ここだ、と柱を指先で指し示す。
ガクには柱に印を付けることなどできはしない。
心得て、明神が油性ペンで、柱にマークを付ける。
西暦と日付と、それから姫乃の名を記す。
「これでいいか。」
そんな、名前まで書かなくても、と困惑する姫乃を余所に、ガクは満足げに頷いた。
「それでいい。」
姫乃の身長は来年、きっといくらか伸びるだろう。
だから柱に印を付けておく。
アズミの身長は印を付けるまでもない。
でも。
「姉ちゃんの身長伸びたのと同じだけ、おいらたちも伸びるってことにしようよ。」
ツキタケが独り言のようにそう呟いて。
「だな。」
エージもまた独り言のように頷いて。
「だね!」
アズミは分かって相づちを打ったのかどうか。
「私、もうそんなに背伸びないよ!」
慌てだす姫乃に。
「責任重大だからな、姫乃!」
「頑張って、姉ちゃん。」
エージとツキタケがにやにや笑う。
アズミはといえば、みんなが廊下に集まっているのが楽しくて仕方がないらしく、きゃっきゃと笑いながら駆け回っている。
柱の傷は、一昨年の。
そんな歌を歌いながら、柱の印を見る日が来るのだろうか。
そのとき、誰がうたかた荘にいるのだろうか。
そんなこと、誰にも分からないけれども。
「来年が楽しみだな、アズミ。」
五月五日はこどもの日。