バットを担いで素振りに出ようとしたエージを、明神が呼び止めたのは、姫乃のいない平日の昼下がりのこと。
「強くなりたいか?」
真顔で尋ねた。
「……強くなりたい。」
まっすぐな目で答えるエージ。
強くなりたい。
負けないために。
誰にも負けないために。
「だったら、俺に考えがある。」
「教えてくれ!」
素直に食らい付くエージに、明神は小さい笑みを浮かべた。
「まぁ、あせるなって。」
取り出したのは、鱗。
「……。」
嫌な予感を感じつつ、エージはそれでもおとなしく、明神と鱗とを見比べた。
「いいか?鱗をイメージするんだ。……そして、そいつを敵の目の中にぶちこんでやれ。お前の針の穴を通すようなバットコントロールで。そうしたら、相手は視界が悪くなって動きが鈍る。動きが鈍れば後はお前の独壇場だ。」
「……。」
嫌な予感、的中。
エージは考えた。
どこから突っ込むべきか。
エージは大人だったので、とりあえず穏当なところから突っ込むことにした。
「針の穴を通すようなってのは、普通、ピッチャーだろ!」
「いや!イチローを見ろ!あの巧妙なバッティング!」
せっかくの大人のツッコミが通用しない真顔の明神に、エージはやはり正攻法で攻めるしかないことを確信する。
「っていうか、それ、単なる目潰しだろ。卑怯じゃねぇか?」
「卑怯じゃない。由緒正しき『目から鱗が落ちる』作戦だぞ!」
えっと。
エージは考えた。
一生懸命、考えた。
「なんつうかさ、それ、『目に鱗を入れる』作戦なんじゃねぇか?」
「……!」
エージの言葉に明神は衝撃を受けたように固まって。
「エージは頭いいな!」
はっはっはっと声に出して、明神は快活に笑った。
「いや、その。」
どんなあほらしいことであっても、明神に褒められたとたん、魂のどこかが温かくなってしまうのが、悔しくて。
わざわざそっけない声音で。
「目、狙うってのは、悪くないと思うぜ?確かに当たったら効くもんな。」
せっかくそう妥協してやったのに。
うーんと腕組みをして、エージの顔を覗き込み。
「若いくせにえらく地味な戦略だな!おい!」
さわやかな笑顔でそう言い放つと、明神はまた機嫌よく笑った。